神田川と山手線高架(ガッシュ)

万世橋から西側を見ると、昌平橋とその奥をまたぐ総武線高架橋が重なって
かつてのレトロで都会的な景観が望める。
秋葉原にほど近く、人通りは多い。
左に見えるレンガのアーチ部分にはかつて万世橋駅があった場所で、
そこには10年ほど前までは交通博物館があって、セガレたちを連れてきたことがある。
子どもたちに人気だった博物館は気軽には行けないような遠い場所に移転された。
跡地は主に観光客向けの飲食店になっている。
ここからの風景はやはり人目を引くようで、とくに奥のビル群が薄紫に煙る夕暮れ時、
立ち止まってカメラに納める人が万世橋上に並んでいる。
夕暮れまでの時間が迫っていることもあり、私も同じ風景を描くことにした。

私はいまだに東京の土地勘に乏しく、場所のつながりがよくわからないでいる。
川に沿って左奥はすぐお茶の水になる。
そこもまたかつての都会的な景観として有名だった聖橋を中心とした風景が広がっている。
アーチ橋といくつかの鉄道が交差する写真や画、版画でもよく見るあの構図だ。
奥のビル群の手前にはよく見ると、
今も木造の三階家がびっしり張り付いて建っているのもおもしろい。
「三階」と書いたけれど、このあたり、崖状になっているので道路側から見ると二階家だ。
昔からの稼業らしい、ビリヤード屋や甲冑店などがある。
歩いていて思い出したのだけれど、
友人の奥さんのアトリエが確かこの並びにあったはずだ。
作品が巨大化していまはここで制作はしていないだろうと思う。
都会にあって流れがあるかなきかのこの川は、
関西育ちの私に道頓堀川を思い出させる。
関連記事
スポンサーサイト
北品川船溜まり
(ガッシュ)

ここ1年ほどは船をよく描く。
ここ北品川にも屋形船という、
飲み助を集めて乗せる宴会専門の船が幾艘ももやってある。
ここから東京湾へ繰り出して、夜景をバックに水上で酒を飲むという、
いわば移動居酒屋だ。
私もずいぶん前に一度、当時のお客さんやわれわれ業者とともに一夜遊んだことがある。
船上で出された肴の大皿は、白身の魚やレンコンなど、
色味のない白っぽいネタばかりの天ぷらといなり寿司、それにビールなどの酒だった。
私は外の景色を見たかったのだけれど、窓の障子はだいたい閉められている。
夜景を見ながらしみじみ飲まれては宴会にならないわけだ。
中年のネクタイ族はまず例外なくどんちゃん騒ぎが好きだった。
お客さんの前で複数の外注業者はそれぞれ持ちネタの芸を披露する。
ばかばかしい型通りの接待にいささかうんざりしたものだけれど
私のただ一つの持ちネタの手品(それもひとつ)は、いつも意外に受ける。

ところで船というのは海原を自由に航海するイメージがあるけれど
実際はそのコース、航路は安全上きっちり決められていて、
その上を正確にトレースしているにすぎない。
決して自由に動いているわけではないのだと、いつか作家の北方謙三氏が話していた。
北方氏の父はたしか外国航路の船長だったと思う。
海面に何の目印もレールもないのに、そのコースを星や今ではGPSなどによって
人間自ら見えないレールを描いて移動しているのが、不思議と言えば不思議だ。
動物はといえば、においによって自らの道をやはり決めている。
こちらも見えないレールを描いている訳である。
生き物というのはあらかじめ存在するそれぞれ見えない道の上を歩いていて
一生というのはそこから大きくは外れないで送るようだ。

「自由」というのは意外に難しいことなのかもしれない。
「行動」には目的があったり、時間が決まっていたり、
そのために選ぶコースが自然と決まっていたりする。
人はその限りある人生で、限りない自由を感じる瞬間は何度くらいあるだろうか。
たくさんあればそれだけ幸福だと言えると思うけれど、
私の場合、今までにはっきりと感じた瞬間は二度ほどある。
北海道稚内から九州に向かって歩き始めたとき、
それと初めて海外に旅したときに、旧ソ連から西側のギリシアへ抜けたときだった。
関連記事
西日のあたる家

うちから見える景色もまた、ありきたりだ。
関連記事
東京湾をゆく船-24(ガッシュ)

写真家の星野道夫さんの本を読んでいて、印象に残った文章がある。
(どの文章も印象深いのだけれど)

星野さんは10代の頃から、
すべてのものに平等に同じ時間が流れていることの不思議を思っていた。
都会で暮らしている自分と、どこかでヒグマが生きていることの不思議。
日々の暮らしに追われている時、もうひとつの別の時間が流れている。
それを悠久の自然と言っても良いだろう。
そのことを知ることができたなら、
いや想像でも心の片隅に意識することができたなら、
それは生きてゆくうえでひとつの力になるような気がする、
と言っている。
流れる二つの時間は二つの自然と言える、とも。

私がまだ家庭を持つ前で会社勤めをしている頃、つまり独身の頃、
夏の休暇というのはやはり特別な時間だった。
そして休暇がくると必ず決めていたことは
「普段見る、経験するものとは全く別の世界を見ること」
必然的に山へ出かけたり、テントを持って知らない田舎町へ出かけたりしていた。
そういう時間・空間に身を置くことによって、
普段の慌ただしい生活とは別の世界が存在するのだと、
今自分がいる世界はもっと広がりのある豊かな世界なのだと思えたのだ。
星野さんの時間の観念は「ああ、そうなんだなぁ」と、とても共感できた。
それは自然や動物らの悠久の時間だけではなく、
人間についてもまた同じことが言える。
しかし別の国や場所で、同じ時間が全く別の風景の中で流れている時間は、
自然のように必ずしも豊かで幸福なものではない。
生まれた国、場所の違いが生む人の運命の差はどこから来るのだろう。

よその国の不幸を知るにつけ、いつも無力感にとらわれてしかたがない。
でももう一つの時間、もうひとつの世界に思いを馳せることは、とても大事だと思う。
戦争なんかへの選択をしないために、自分たちにできることの一つだと思う。
話は少し飛躍するかもしれない。
朝鮮半島で今起きていることは、もとはいといえば
「同じテーブルについてつきあってほしい」くらいのことを言っていたのを
取りつく島も与えなかった米国の失策によっている。
あんな危ないものまで作るところまで放っておいてしまって、
この先どうするのだろう。
この国はいつまでたっても反省がなく、失敗の経験が生きない。
選択を誤ったことに気づく時、
いつも後戻りができなくなっているのはこの国だけではないだろう。
関連記事
権之助坂裏通り(ガッシュ)

目黒区はJR駅に続く坂道を描こうと思って出かけた。
この日は東京の秋祭りで、ここに来る途中いくつもの神輿に出くわした。
この権之助坂下にも神輿の囃子が響いていた。
そこを少し登り、二つの坂道が合流するところを見下ろす歩道橋があったと思ったが
いつの間にか撤去されていた。
他にも無くなっているところはないかと目黒シネマをのぞいてみたら
ここは今も営業していてホッとする。
かつて斜め前にあったAVメーカーのバイオニア本社はマンションに建て替わっている。
表通りをわきに折れると、ここが崖のような傾斜地に広がった街だと気づく。
落ちていくような急な坂道から中目黒方向の眺望が現れる。
坂道の風景好きはタモリがTVで言い始めてからあっという間にマニア的に広まった。
描く側からも坂道というのは下からも上からも描いて面白い。
上から見ると、近景の向こうに意外な風景の広がりを見せていることがあって
そういう場所に出くわすと「おっ」と思う。
画面手前の無粋な店舗がまだ無かった時代には富士山まで見通せる、
いわゆる「富士見坂」だったのだろう。
細いうえにかなり急な坂道なのに、登ってくる人、下ってゆく人、
一方通行を下る車の往来が引きもきらない。
描き始めて気が付いて、ずいぶんじゃまになったようで申し訳ない。
ちなみにお城のホテルも元気に営業中だった。
関連記事
多摩川風景
(ガッシュ)

部活以外の時間はスマホにどっぷりはまり込んでいるセガレたち。
なんとかモニタを覗き込む時間短くするよう、話してみたり、
そこから遠ざけるよう様々な策を凝らしてみたりしたけれど、
どれも効き目がなく、ハードルは軽々と越えられてなすすべがない。
小さなモニタの中にはない、「こんな生き方や人生もあるのだ」と
知るきっかけにでもなればと、何冊かの本を渡そうと思って思案する。
人に本を贈るというのは難しくて、こちらがどんなにいい本だと思っていても
まるで響かないことは多い。
薦められる本、ましてや親が進める本なんて、誰だって読みたくはないのだ。
やはり自分で探して出会うのが一番だと思うけれど、
彼らにその出会いを期待していては一生やってこないかもしれない。
おじさんになった時に出会って一念発起、それで家を飛び出したらこれは悲劇だ。
そんなことを思いつつ、何冊か選んでみた。

立花隆「青春漂流」
この本は立花隆が田中角栄の汚職を追って追って、首相退陣に至った後に
「自分はこんな男のために人生の大切な時間を浪費してしまった」と、
その無念と再出発のために書いたものだ。
当時アウトサイダー的人生を歩んでいた一風変わった、
しかし確かな足取りで歩く若者たちを取材したルポルタージュになっている。
書いた頃の立花隆も若いが、取材された人も若い。
家具職人、自転車のフレームビルダー、猿回し師など、多彩な分野の職人たちは
10年後は日本を代表するその道のエキスパートになっている。
彼らの若き日の苦闘を活き活きと活写している。
中でも若き田崎真也さんがチンピラ上がりのバーテンダーから
単身フランスやイタリアに渡って徒歩でワイン蔵を回り、
一杯一杯の味を覚えながら世界一のソムリエの座を射るまでの話が忘れられない。

もう一冊は小沢征爾「ボクの音楽武者修行」
ラグビーに明け暮れる少年が音楽への道を世界に求め、
自らスポンサーを探してスクーターを手に入れ、貨物船に乗って欧州へ渡ってしまう。
スクータにまたがり、音楽の都で腕試しをしながら、
ついにはカラヤンの弟子になってニューヨークフィルの指揮をするまでになって帰国する、
まさに音楽武者修行の一代記だ。
これも私が若い日に読んで、若い血が沸き立った本だ。

セガレたちはふだん本など全く読まない生活をしているので、
この二冊を読むことさえも疑わしい。
薦めたい本はいくらでもあるけれど、最初に書いた通り、
本というのは読者を選び、さらに出会いのタイミングを選ぶ。
人生の少し先輩としては、いい本に出会って、いい旅をしてもらいたいと思う。
旅というのはどこかに出かけてゆくだけではない。
「若い日の本」としたけれど、今読んでも体が熱くなってくる、
自分にとってこの二冊はそんな本だ。

本を渡すとちょっと照れくさくなり、
多摩川へスケッチブックを持って出かけた。
関連記事

WHAT'S NEW?