東京湾をゆく船-39(オイルパステル)

最近はめっきり少なくなった電話ボックス。
ついこないだまで、渋谷はハチ公前の広場の端に10個ものボックスが並び、
さらにその前を電話待ちの人の列が長く続いていたことが夢のようだ。
今もNTTは少なくなったとはいえ電話ボックスの維持と管理を義務づけられている。
使っている人など最近見たことがない。
月に一度くらい、10円玉を回収に行って、いくら入っているのだろう。
回収の人の手間賃はおそらくまる赤字だ。

赤瀬川原平さんが、
生まれて初めて電話ボックスに入ったときのことを書いている。
赤瀨川さんが初めて電話ボックスに入ったとき、
ドアを閉めれば密室となって外の音がびしっと遮断され、かなり緊張を強いられた。
そのとき、終戦直後に飛行場の隅っこに放置してあった
戦闘機のコックピットに入ったときのことを思いだしたそうだ。
そのくだりを読んだとき、乗ったこともない「戦闘機のコックピット」の
中の臭いまでがまざまざと思い浮かんできた。
機械といっても電話が一台あるだけだけれど、
それは国の管轄する鉄の塊の機械である。
ちょっとやそっとでは壊れそうにない、タフな構造に見える。
しかも大人の臭いがする。
それはつまりたばこの煙の臭いだったのだろう。
目の前にあるその機械と一人で対峙すると、子どもにはどきどきものだ。
その上には警察へ直結する赤い小さな電話機もある。
こちらのメカはさらにどきどきさせる。
この箱についた小さなダイヤルのメタリック感は、
警官の持っている手錠や銃を思い起こさせたものだ。

ところで逆に電話ボックスを思い浮かべると、私は中古車の室内を思い出す。
中古車といっても売りに出ているようなきれいな車ではない。
小学校の頃、町内の行き止まりになっている道路の奥には、
よく動かなくなった廃車が放置してあった。
なぜか、マツダのR360クーペ(豆じどうしゃと呼んでいた)や
三菱のミニカのバンなんかが多かった。
余談だけれど、米屋のオヤジさんって、このミニカみたいな顔をしていた。
三菱ミニカトラック

今見てもハンドルを握る人の顔がそのまま車になったようなフロントグリルだ。
長く放置してあると、子どもたちがいろいろいじった末に窓とドアをこじ開け
ハンドルを握って遊び倒す。
こうなるとそのうち、タイヤがなくなる。
古い車の中は、たばこ臭さと内装のビニールの香りの混じった独特の臭いがある。
今もあるプラスチック張りの電話ボックスではなくベージュに赤の帽子をかぶり、
手をかける穴のあいた古いタイプのは、それと同じ臭いがした。

赤瀨川さんはさらに電話ボックスの密室性に対し
その後増えたむき出しの公衆電話を、飲み屋のカウンターのようだという。
ちょっと一杯引っかけていく感じで、コインを入れてひと言二言。
酒と電話は似ているという。
するとケータイは酒瓶をポケットに入れて持ち歩いているようなもので、
これではアル中になってしまう。
ケータイ依存症だ。
うまいこと言っている。
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東京湾をゆく船-38(オイルパステル)

ほんとうに辞めないな、あの人たちは。
10年前だったら10回くらい辞めているはずの彼らだ。
彼らは世間が忘れやすいことを、誰よりもよく知っている。
その通り、忘れるのだ。
これからの外国とのやりとりに、災害の現場に
彼らを日本の代表として送り出していいのだろうか。
そこからはじめないとならないはずだと思うけれど、
「行くなら」「言うなら、これはちゃんと言って欲しい」と、
なし崩し的に放免するから「まだいける」と思う。
このまま憲法も東京五輪も「いける」と思っているにちがいない。
忘れ、なし崩す世間の罪こそ重い。
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会期の後半、作品の入れ替えがある長谷川利行展にふたたび出かけた。
水彩が少し増え、油彩は少し入れ替わっていた。
代表作は残っていて、良いものは何度見ても良いものだ。
「荒川風景」「少女」「大和屋かおる」「新宿風景」「ノアノアの少女」
どれもいいなぁ、とため息が出る。

帰宅したら郵便が届いていた。
このBlogをすべて読んでくださった方がいて、
お便りとともに一冊の写真の作品集を送ってくださった。
塩谷定好という、日本の写真黎明期に鳥取県で活躍した写真家のものだ。
とても素晴らしい作品だったので、ここにご紹介します。

塩谷定好-3

塩谷定好(しおたに ていこう)は1899年鳥取県に生まれ、
生涯そこを離れることなく山陰地方の自然を撮り続け、
1988年89歳で亡くなったとある。
そういう意味で植田正治と似ているけれど、
同じく鳥取から出ずに世界的な写真家になった植田は
同郷の先達である定好を、神さまのように尊敬していたということだ。
ベス単と呼ばれるコダック社製の小型のカメラで
身の回りにある風景、人、静物を、奇をてらうことなくありのままに撮り続けた。
その信念は
「自然を受け入れ、素直な表現を心がける」
「作品に詩情がなければ、対象物の複写に過ぎない」だったとある。

私はその名前を、いただいたこの作品集ではじめて知ったのだけれど
表紙の海辺に張り付くような民家の屋根の風景写真と
少々いかつい感じの写真家のセルフポートレートに見覚えがある。
日曜美術館のアートシーンか、数年前行った植田正治展で見たのだろうか。
一目見て忘れられない強い印象を持った。
絵も写真もそうだと思うけれど、
どこにでもある風景を撮影し(描い)て、
なお魅力あるものにするのはとても難しい。
塩谷定好の写真を見ていると、そのありきたりの風景がたまらなく愛おしく感じる。
後進に対して語った
「何気ない日常生活の中に美を見出すことが大切で、
 何も遠くに行って写すことはない。題材は身近にある。
 その中に美を見つけ出す感性を磨くことが重要である」という言葉が印象に残る。

ところで最近出た故安西水丸さんの新刊「鳥取が好きだ。(河出書房新社刊)」は、
氏が若い時から生涯にわたって敬愛し続けた鳥取県の民芸について綴られている。
民芸とは「用の美」に尽き、「不易流行」の原点であるという。
だから器を選ぶ基準は
「この器でカレーを食べたい」「このぐい呑みで、あの酒を飲もう」なのである。
話はちょっとずれたけれども、民芸運動の祖、柳宗悦が
天下の名品と言われる井戸茶碗を初めて見たときに
「なんと平凡な」と思わず口にしたという。
この「なんと平凡な」というため息にも似た言葉が鳥取の民芸に向けられたとき
塩谷定好の写真にも当てはまるような気がしてならない。
定好の写真は鳥取美術館博物館のサイトなどに出ているからそちらを見ていただくとして
一点、いや二点だけ、私がとても好きになった写真をアップしておきたい。
この風景、なんと平凡なのだろうか。
塩谷定好-1
塩谷定好-2

末尾にて、K様、ありがとうございました。
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柚木沙弥郎展

週末、柚木沙弥郎展に出かけた。
会場の日本民芸館に出かけたのも初めてだ。
こんなに近くにあったのなら、もっと早くに行けばよかった。
先週日曜美術館に紹介されたこともあってか、
それほど大きくもない会場は人が押し寄せて、さらに狭くなっていた。
午後遅めに出かけたので、第二会場の西館の観覧はそうそうに諦め、
本会場の本館をゆっくり見ることにした。
柚木作品は、生活のどこかに張り付いていそうな、
既視感のあるシンプルなフォルムと色使いが魅力だ。
会場の民芸館は、日本だけでなく海外の民芸品も陳列されている。
会場正面に天井近くから垂らされた大きな染色作品は、
先週の日曜美術館でも紹介されていたものだ。
宅急便送り状の裏(カーボン部分)など、ほかの誰が目を留めただろう。
こんなにモダンな作品に昇華されている。
会場二階に、アフリカのバウレ族の仮面と並んで、染色された一枚の布が下がっている。
ハービー・ハンコックのレコードジャケットで有名なマスクだ。
どちらも負けていない。
シンプルとシンプルとの対比で相性がいいということもあるけれど、
国も民族も超えて調和しているのには感動する。

その作品、造型が本物かどうか、
基準の一つとして、たとえばこんな土着美術と並べてみるといいかもしれない。
ピカソのキュビズム作品への啓示を与えたアフリカのマスク。
それと一緒に並べてみて一歩も引かない強い造型とは、
(相性というものもあるけれども)やはり強いに違いない。
またいつだったか、神田の額縁屋さんの主人に、こんな話を聞いた。
「仕上がったキャンバスを金の額縁に入れてみて
 それに負けない作品ができていれば完成だ」と。
立派な額縁に入れてそれに負けているようでは、作品としてはまだまだだよと
そういうことを言われたのだと思う。
どちらの話にも相通じるものがある。
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Grange

初めて海外を旅した時に、旧ソ連ハバロフスクで買った腕時計。
竜頭を目一杯巻いても1日しか動かない。
1日に5分すすむ。
スマホを持つようになって時計は持ち歩かなくもなっていた。
それでも枕元の置き時計として愛用していた。
ある日、日課のゼンマイを巻いていたら、
「プツリ」と小さな音がしてそれっきり動かなくなった。
時計屋に持っていくと、見たことがない機械に門前払いだ。
枕元の時計はないと思いのほか不便で、新しい目覚ましを買うのもなんだかなぁ
そう思っていて、
フランス在住の画家ノマドさん経営するアンティークのネットショップ、
ベルエポック」さんのことを思い出した。
こちらは質の高い本格的なアンティークで、
私が探しているような時計などの比較的新しい雑貨類は、
サブサイトの「Grange」で扱っておられる。
商品の紹介は相変わらず懇切丁寧で、探し出した古物への愛着が溢れる。
写真も単なる説明の域を出て美しくすらある。
これは日本の室内では出ない雰囲気だなぁと思う。
本当にタイミングよく好みのデザインの時計がアップされたばかりで、即購入。
日本へは10日ほどで届いた。
遠くフランスからの空輸ということもあって、
丁寧かつ念入りな梱包に感心する。
日本ならこの梱包だけで別料金が課せられそうな手間のかかったものだ。
古物を扱うショップの場合、
古いものは磨いたりせずにそのまま送られてくることが多い。
なまじ磨いてアラが見えてくると商品価値が下がったりするからだ。
届いた時計は古いながらもピカピカに磨かれていて、こちらにも感激。

時計を置いて見た。
想像通りの質感と大きさとデザイン。
机の上に、半世紀前の異国の空気が漂う。
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東京湾をゆく船-37(オイルパステル)


日曜美術館、柚木沙弥郎さんの番組はよかった。
この番組は芸術を扱っているので重くなりがちで、
それをフォローする意味でしとやかな女性キャスターと
知的なイメージを持つ男性有名人を司会というか、アシスタントに起用する。
あまり成功した試しはないと思うけれど、
番組が重くなるかどうかは、とりあげた作家とその作品次第。
自分の趣味にあふれた室内環境の中で、尽きぬ創作アイデアを具体化する日々。
98歳の一人暮らしは今も日々楽しそうだ。
あんなおじいさんになれたらいいなと、これはかなわぬ希望だ。

勉強不足でまだ作家の名前も知らなかった頃、
代官山にあったユトレヒトという変わった本屋で作品集を手に取り、
その絵が一目で気に入って画集を買ったのが今も手元にある。
「旅の歓び」は作家が出かけた旅先の風景を描いたもので、
染色家らしく、そのまますぐ下絵にできそうなタッチだ。
というか、ほとんどの画はスケッチから染めのような型を作って
そこに絵の具を置いているようだ。
こんな描き方もあるのかと、面白い。

旅の歓び-1

旅の歓び-3
旅の歓び-2
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