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葉山一色海岸
(オイルパステル)

今年最初に出かけた展覧会は、堀内正和展。
私は、描いている画はこんなだけれども、
彫刻はカルダーや堀内正和などの、抽象彫刻がとても好きだ。
とくに堀内正和は20歳頃に日曜美術館で見て以来好きで、
個人的に青春の空気が香ってくる、思い入れ深い作家だ。
にもかかわらず、まとまった作品を見るのは今回初めてで、
とても楽しみにしていた。
展示点数はやや少なかったものの、
学生時代から晩年までの主要作品を網羅した、いい展覧会だった。

展覧会を見終わったら、以前来た時と同じように裏の海岸に下りた。
今回は持って来たスケッチブックを開く。
打ち寄せる波が、光る曲線パターンを残して引いてゆく。
正面に沈みつつある西陽は、冬の相模湾を金色に染めている。
岸には石垣に沿って、電柱が不思議な並びかたをしている。
左奥にはやんごとなきかたの別荘の、白い塀がはるかに続いている。
海岸線と松の組み合わせにどうしようもなく「日本」を感じるのは、
私などは「銭湯」の壁絵の影響だろうか。
葉山の神奈川県立近代美術館に、前に来たのはたしかベン・シャーン展。
久しぶりとはいえ、8年も経っているのかと驚く。
同じインターバルで訪れるなら、次は2027年あたりになる。
私は60台半ばになっていて、何か事情がない限りは退職しているはず。
本当だろうか。
でもその時、一心に画を描いていられれば幸せだ。
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川崎ガスタンク
(オイルパステル)

木更津へ出かける時に、東京湾横断道路へ向かう車から、
京浜工業地帯の工場群が見えた。
以前このあたりに描きに来たのは二年ほど前。
あたりに漂うビニール臭とでも言うのか、
工場からのケミカル臭に閉口して、以来足が遠のいた。
久しぶりに見たガスタンクは、以前描いた場所にほど近い。
人家のある国道から見えるタンクは近隣住民の目を意識してか、
磨かれたようにきれいだけれど、
ここらあたり、工場群にある全力稼働中のそれは、
外の汚れやさびはお構いなしの、油にまみれた機械そのものの外観だ。
人が造り出した巨大な構造美は、そこから吐き出す蒸気とともに、
SL蒸気機関車の魅力に通じるものがある。
人が造り出したものながら、どこか野性を感じるのは不思議だ。
夜景の美しさが近年、マニアックな人気を生んだけれど、
男子ならきっと、昼のテクスチャーにも惹かれるはずだ。
久しぶりに見たその荒々しい外観に惹かれ、
翌日画材を背負い、タンクが見えた界隈へチャリで出かけた。
こんなに遠かっただろうか、片道2時間近くかかってしまい、
着いたときにはすでに陽はなく、時間を置かず真っ暗になってしまった。
逆光のシルエットを、絶え間なく吹き上げる工場の蒸気が隠す。

二十歳頃に大阪の野田に住んでいた頃、
単車で10分くらいの場所に、黒々とした同じような工場風景があった。
そこには今、巨大な遊園地ができていて、
煙も煙突も、工場の臭いすら消えただろう。
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山の本棚

田淵行男の山岳写真には、構成的でシャープな美しさがある。
洗練された美的センスは、写真のトリミング、本のレイアウトや装幀、
研究していた高山蝶の細密画から、山で歩いて集めたモノにまで現れている。
さらに、優れた随筆家でもあった。
写真で見る風貌は、いかにも実直で意思が強そうだ。

日曜美術館では最近、写真家の特集が多いけれど、今回も良かった。
何年か前に田淵行男をモデルに、平岳大主演でドラマ化されたものの、
反響がそれほど大きくはなかったのはBS放送だったせいだろうか。
地上波で放送された今回の日曜美術館の反響は、けっこうあったように思われる。
初回放送後、田淵行男の書籍(古書)がネット古書店であらかた売り切れ、
残った本の価格は、以前よりかなり高い。
(おもしろいことに、Wikipediaの田淵行男のページには、
 田淵の写真集のうち、高価なものの標準古書価格が掲載されている)
番組のゲストは石川直樹氏で、写真家と紹介されていたけれど、
私には冒険家、登山家のイメージが強い。
石川氏は、史上最年少(当時)で七大陸最高峰登頂をした登山家で、
こう言っては失礼だけれど、いつの間にか写真家になった人だ。
無頼派の作家、石川淳を祖父に持っているせいだろうか、
この人の話は言葉が抑制されていて、意味のない言葉を口にしない。
番組中、田淵の有名な浅間山の写真を、実際に撮影した場所を探していたけれど、
あれは写真のタイトル自体が「初冬の浅間 黒斑山中腹より」となっている。

田淵行男が撮影した山は、どの写真家が撮影した写真より大きく見える。
撮影した被写体は、山であれ、昆虫であれ、どれも大きく見える。
独特の構図、トリミングのルールを持っていて、文章にも書き残している。
当時としてはかなり現代的で洗練され、かつ躍動感あるレイアウトも、
多くは自分でやったものだ。
写真集を自作するカメラマンは多いけれど、これほどのセンスを持った人は珍しい。
何をするにも「好き」ということが最も大事だと、
田淵行男の仕事が物語っている。
高山蝶の研究とともに描いた細密画もやはりそうだろう。
たいへんな労作であるはずの蝶の飛行ルート地図は、
よく見ればPOPな筆致で描かれている。

書籍には市販品以外に、特別な装幀が施された「特装本」を作ることがある。
田淵行男の本にも何冊かあって、中でも「黄色いテント」は凝った装幀だ。
番組にもちょっと映っていた、田淵愛用のテントは書名の通り黄色で、
あれは2代目のテントになる。
田淵行男が山で得た経験を存分に活かした特注品だと書いている。
愛用の品を大事にする人らしく、それまで使用していた古いテントも捨てず、
裁断して表紙に布貼りし、特装本に再利用している。
ちなみにその初代のテントは、黄色ではなくて緑色だ。

田淵行男書籍

私が購入した写真集と書籍は少ないけれど、
どれも(普段は)比較的購入しやすく、面白かったので紹介しておくと、

「ナチュラリスト・田淵行男の世界」
これは2005年の東京都写真美術館で開催された展覧会の図録。
印刷もよく、主要な写真が大きくレイアウトされていて見やすい。
田淵行男の全貌がコンパクトに概観できる。

「黄色いテント」
文章もうまい田淵行男唯一のエッセイ集。
最近ヤマケイ文庫になったことに拍手。

「山の季節」(小学館文庫)
「山の時刻」「山の意匠」と並ぶ三部作の一冊を文庫化。
文庫本サイズながら、田淵の写真集を手軽に買える意味は大きかったが絶版。
古書店で見つかれば数百円で買える。
ただ、写真の印刷はやはりそれなり。

「日本アルプス」
田淵行男の写真集の中では比較的安価な方だけれど、大きな本でかさばる。
引越しの時に衝動的に処分を思い立ち、神田まで持って行った。
老舗のアート系古書店を何軒か回ったが、どこもいい顔をせず、
最終的に引き取ってくれたのはブックオフだけだった。
古い本だからそれもおそらく処分されただろう。もったいないことをした。

オマケ槍ヶ岳
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東京湾をゆく船-75
(オイルパステル)

長い正月休みも今日で終わり。
年末から年明けのTVを見ていると、今年元号が変わるせいか、
「平成とはどんな時代だったのか」をテーマにしたコーナーが多かった。
日経の文化欄には作家の五木寛之さんが、
「大きな出来事がたくさんあったのに、時代の印象は意外に薄かった」
と書いていた。その通りだったと思うけれど、
それはどうしてなんだろうか。


「平成」は、ベルリンの壁崩壊から始まって、日本ではバブルが崩壊、
9.11テロから始まった世界秩序の崩壊、
リーマンショックに始まる経済の崩壊と、「崩壊」ばかりが続くけれど、
世界規模で多発した大きな自然災害も現在進行形で続く。
経済危機や災害以外で身近なところでは、
パソコン、インターネットやケータイ、
そしてスマホに代表される技術革新の影響は本当に大きく、
いい意味でも悪い意味でも、人や町のあり方さえ変えてしまったようだ。
AIを含む、これらの新しい技術が戦争に結びつきそうな気配が、
見通しにくい将来への不安を、さらに大きくしている気がする。
こういったあまりにも速い時代の変化や流れに、
人間はそもそも「動物の一種」としてついて行けるのだろうか。
技術革新を生みだしている人と、それを利用している人は大勢いるけれど、
それが生み出す負の側面は日々大きくなっているのに、
解決することも止めることもできない。
そうすると、うまく使っている利用者や開発者さえも、
やっぱり踊らされているんじゃないかと思えてくる。

次々に起こる重大な出来事とそれら技術革新といった食べ物を、
人がそれを消化する前に、次の出来事や革新を口の中に押し込まれる時代だ。
それらは、生き物としての正常な人の消化サイクルを超えている気がする。
犬や猫、動物を見ていて、彼らが人を超えていると思う一番の美徳(?)は、
これでよし、という節度を、生まれながらに持っていることだと思う。
ひとまず腹を満たせば、たとえ目の前に食べ物が出てきても、
「これはもっとおいしそうだから、ちょっとつまんでみるか」とは思わない。
その点、動物は見上げた節度を働かせる。
無理に口に押し込めば、きっと吐き出すだろう。
人間だけが、食べ続けている。

平成になった当時から警告された日本の国の借金は、
今や途方もない金額にふくらんで、国民一人当たり900万円に迫っているそうだ。
国が自己破産することは可能なんだろうか。
驚くのは、1980年頃、70年代までは、国の借金などなかったことで、
そういう時代があったこと、それもたかだか40年ほど前のことに、逆に驚いてしまう。
いっぽう「日本のため」と言って強引に変えられたいくつもの法律があり、
東北を支え切れないまま、さらにその後全国に災害が起こり、
エリート公務員や日本を代表する企業が人や社会を裏切る、
なんだかニュースの見出しを読むことさえ、疲れてスルーしていると、
次の日にはいつもと変わらない朝がやって来たりする。
そのことに気がつくと、不満や不安をやり過ごす安楽がとても心地よい。
こうなると、災害や事件の印象は、薄く感じるほうが楽だ。
見るべきものへの直視の先送りが「平成」という
大事件や大災害が繰り返し起こった時代の印象を薄くした、
そういう気がしてならない。

これだけでは、前を見ずにぼやくだけに終わってしまいそうだけれど、
避けられない自然災害はともかく、それ以外を解決するのは、
本当はとても簡単なことだとも思うのである。
それは、人が人に対して今より優しくなること、誠実になること、
文字にすればこんな、小学生の日直が黒板に書きそうなことで、
口にするとちょっと恥ずかしい。
でも、その小学生レベルの目標が、
優秀な大人にとっては実行が難しいようなのだ。
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東京湾をゆく船-74
(オイルパステル)

新年明けて毎日、快晴の天気。
都内の道路は空いていても、出かける先はどこも人が多い。
お賽銭、バーゲンセール、外食に正月料金、
家族で出かけると、サイフには穴があいているような気さえする。
やっと一人になると、いつものように海へ行き、船を描く。
なにも考えず、無心に色と形と、船の煙突からたなびく煙を追う。
東京湾を行く船は、正月も働いている。
海は今日も風が強い。
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代々木駅東口
(オイルパステル)

アールデコのスタイルに押し込んだようなアーチ状のひさしは、
よく見れば木造である。
もしかしたら、パリの地下鉄入口ファサードを模したのかもしれない。
レトロなランプ状の明かりは最近付けられたもので、二年前にはなかった。
ざっとネット情報を見たけれど、この東口がいつできたのかはっきりしない。
松本竣介の戦中作品にはすでに見られるから、戦前ではないかと思われる。
(形状が若干違っているので、戦後作り直されているかもしれない)
山手線内では原宿駅同様、かなり古いはず。
反対側の正面口にはたくさんの予備校生が終日行き交うのに比べて
こちら東口は利用者の少なさ以上に、どこか寂しい。
ここも再開発されて不思議はないけれど、
レトロムードをライトで新たに盛り上げてるあたり、
もう少しの間、今のまま残してくれる気がしないでもない。

東口を出てすぐの住宅地内に、
昭和から置き去りにされたような一角があった。
何度か描いてもいて、周囲には真新しいビルが迫っていることもあって
再開発はそう遠くはないんじゃないかと思っていた。
約二年振りに訪れて、「あっ」と声を上げそうになった。
私が描いた家屋一軒を残して、周囲は町の一角すべてが飲み屋になっていた。
開発者もあのレトロな雰囲気に目を付けたらしく、
古い建物の外側を残して、内側を酒場にリフォームしている。
しかしレトロを売りにした「酒場」には違いなく、
立ち退きに応じず残った家屋は、隣近所に夜な夜な酔漢が集まって、
毎日の生活に苦痛を強いられているだろう。
10軒近くの店をトータルにレトロ酒場にしているあたり、
吉祥寺にある飲み屋横丁と同じ意図を感じる。
開発したのは同じ人物かもしれない。
昭和から呼吸し続けた小さな町は、もう戻ってこない。
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