交差点(神宮前交差点)
(ガッシュ)

疑惑の渦中にある首相が My チームを仕切り直してリ・スタート、というニュース。
あれだけの疑惑と疑獄が起こって何一つ明らかになっていない。
それに答えを出さずに「これから丁寧にやっていきます」など、なんで言えるんだろう。

これは別の街の、やはり交差点。
若者ファッションの街と言われて世界中から観光客が押し寄せるが、
実際この交差点に立って眺めていると、おしゃれな人はほとんど見かけない。
それは私が東京へ来た頃から言われている。
国内外の観光客を除いて見てもやはり少ないけれど、
昼間や休日には表通りを歩かないクリエイターや芸能人たちは確かにこの街にいて
驚くような家賃を払って日々、制作物を社会に送り出している。
東京へ初めて来た時に本当に東京らしい洗練されたビルだなと思ったのは
左奥の表参道交差点近くにあったハナエ・モリビル。
時は流れ、そのビルもオーナー自身が破綻して今はない。

正面の奇抜なビルのところには、かつてセントラルアパートという
クリエイターや芸能人が居を構える超高額家賃マンションが建っていた。
私が東京へ来た時には外側がガラス張りにリフォームされて、まだあった。
その後なぜか荒れ果て、取り壊し前には100円ショップが一階のテナントになっていた。
この日描いていたその反対側のビルも空き家が多く、
閉まったシャッターの前でスケッチブックを広げた。
(でないとこんな場所で描けるものではない)
どうやら対岸のビルも近いうちに建て替えになりそうな雰囲気だ。
初めてこの街を訪れた時、このビルの地下に今もあるCICAGOという店で
古着のコートを買ったことを思い出す。
正面のLEGOで作ったようなビルの今のオーナーは、地下に乗り入れた鉄道会社だ。
できたばかりだと思っていたら、もう5年になるという。
やがては屋上に樹木が茂り、ビルの外観はアフロヘアのようになりそうだ。
成長の遅い樹木を選んだのだろうけど、5年たってもまだこんな感じだ。

この街は常に顔が定まらず、時代に浮いて弾けたような表情をしている。
今から19年ほど前に、その頃まだ自由が丘にあった武蔵野館のレイトショーで
田村正和がまだ売れていない頃の作品「空いっぱいの涙」(1966年)を見た。
作品で田村正和はお世辞にも上手とは言えない歌を披露している。
ロケ地になっていた表参道のマンション(おそらくオリンピア)とその付近は
通る車の数もまだ少なく、モノクロームの映像と相まって、
パリのような渋い雰囲気の美しい街並みを写していた。
50年以上も経って街が変わるのは当然としても、
あの映像に残された神宮前近辺の街は美しかった。
(かなり大きくはなったけれど)参道の並木だけが、
舗道に変わらぬ木陰を落としている。
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多摩川調布取水所-2
(ペン、色鉛筆)

青のインクでの描写が続いたので、ひさしぶりに黒のインクで描いてみた。
先週と同じ、対岸に取水所を見る川岸は、水かさが増えて水没していた。
この日はすこし高い場所にイーゼルを立てた。
夕暮れの凪いだ時間帯、ここの平凡な風景がベックリンの島の風景に見える。
ときおりはねる魚が、水面に輪を描く。
あたりは耳鳴りが聞こえるほど静だ。
モノクロだけでは惜しい色彩を前に、色鉛筆で淡く色をつけた。
今度もう一度ガッシュで描いてみようと思う。

朝起きたらあの共謀罪もこの国で採用されているんだろうか。
五輪のために必要で、それゆえ急ぐのだという。
豊洲も五輪のために急ぎすぎたのだろう。
それら首都圏の建設工事のために東西の被災地の復興工事も遅れている。
社会やみんながもっていたとても大事なものと引き替えに五輪は開催される。
いったい、何のために必要だったのだろうと思う。
対岸のシルエット
(ペン、インク)

絵の具を忘れてきたので、先日新しく買ったペンで描くことにした。
描画後、自宅でビンに入った青インクを、水でのばして塗り重ねた。
インクはずいぶん前に雑貨屋で買ってそのままになっていたメーカー不明のもので、
使ってみれば思いのほか鮮やかな色だった。
ペンのインクはカートリッジの「青墨(セーラー)」で、
水で溶いたインクを塗り重ねてもにじみがほとんど出ない。
水丸さんに倣っての自分なりのブルースケッチは
なんども描いたこの構図もちょっと新鮮に見える。

ここから見える高層ビルは、不思議なことにおおかたが住居用マンションだ。
それが林立するようになってからこの街は大きく変わり、
住みたい街の上位にランクされるようになったそうだ。
あのように高いところが住みやすいとはとても思えないのだけれど
資産価値は上層階のほうが高いらしい。
「ふもと」にはまだ2階建ての商店街がすこし残っているはずで
そちらの生活のほうがずっと贅沢な気がする。
以前駅前には、うるさいくらい鳥のさえずりが聞こえる小鳥屋があった。
ほかではもうあまり見なくなった小鳥屋という商売が、
東京ではまだあちこちに残っている。
金魚屋も多い。
消えるには惜しいあの店は、まだ残っているんだろうか。
水たまり(水彩に木炭)

前日までの雨の痕跡を多摩堤から眺める。
雨雲の、見えない手が描き落とした、これはみごとな抽象画。

ディランがノーベル文学賞を受賞。
ファンではあるけど、ホンマか。
数あるノーベル賞のうちでも最も受賞するのが難しいといわれる文学賞も、
時代とともにカジュアル化し、今年のそれは平和賞のノリに近い。
受賞の理由はきっと風の中にあるのだろう。
20150222
暗い出来事が続く。
ニュース映像で見た多摩川河川敷の事件現場は、
二週間前まで私が工場を描いていた場所だ。
50mと離れていないだろう。
犠牲になった少年は、うちの次男坊と同じ中学一年生だった。
あそこの土手は、明るいうちはジョギングする人や野球チームの子ども達など、
人通りは決して少なくはない。
裏には高級マンションが複数建っていて、新たに建築途中の物件もある。
そんな道をわずかに外れた場所で、あんな痛ましいことが起こった。
田舎で育って都会に近いこの町に移り住み、
わずか13年で人生を閉じられた少年とその家族の無念はいかばかりだったろうか。
きわめて残酷な手段で人、しかも子どもの命を奪うことのできる悪鬼は、
海の向こうばかりではなく、身近にも存在する。
軽率なことを書くべきではないけれど、先日の人質事件の手口を思い出す。
ネットで映像を見た者が手口を模倣した可能性はないのか。

都心にほど近い河原のあちこちで、これまで画をたくさん描いてきた。
私自身、無心にこの川辺で腰を下ろしているのは、呑気すぎるのかもしれない。
どちらかといえば人の目が届かない場所を選んできたのだ。
数日前まで取り組んでいた工場の画も、しまい込んでもう出すことはない。

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