Le Havre
(ペン、インク)

最近、昔見た映画を何本か再見し、そのどれもがよかった。
映画を見るのは好きだけれど、それについて文章を書くのは苦手で難しい。
再見してやはりよかったので、忘れないように書き留めておきたい。
うち一本はアキ・カウリスマキ監督の「ル・アーブルの靴みがき」で
カウリスマキ監督にしては珍しい、明るいハッピーエンドになっている。

舞台となるフランスのル・アーブルに、
仲がいいのか悪いのかわからない移民たちが暮らしている。
ふだんはバラバラに生きている彼らのうち一人の靴みがきの男が
アフリカからの難民の子供をかくまったのをきっかけに一つになり、
その子を母親が住んでいると信じるイギリスへ向けて送り出す、というストーリーである。
シリア難民問題以前の作品だけれど、
移民、難民への風当たりはそれよりもずっと以前から強かったのだとわかる。
この問題について日本は物言える立場にも資格もない。
この監督の映画に出てくる人物はどれもがぶっきらぼう、
ストーリーもぶっきらぼうながら、じんわりとあたたかい。
近所のTSUTAYAではどういうわけかコメディの棚に並んでいるくらいで、
映画はけっして暗くはない(でもコメディでもない)。
監督は日本の小津安二郎監督を非常に尊敬していて、影響も受けていると言っているけれど
小津作品のように虫も殺さぬような善人ばかりが登場する非現実的な世界ではなく、
社会、それも多民族社会に置かれた一人の人間としてのリアリティがある。
再見したが、やっぱりよかった。
いい映画というのは繰り返し見てもやはりいい映画のことをいうのだろう。
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週末TBSで放映されたドラマ「レッドクロス」は久しぶりに見応えのある番組だった。
TVドラマをほとんど見ていないのに、今回この番組を見ていたのは幸運だった。
ゲームタイトルのような番組名「レッドクロス」とは赤十字のこと。
第二次大戦時に女性でありながら赤紙を受けて招集され
満州に渡って戦地で救護活動をした従軍看護婦の物語である。
監督の福澤克雄さんは大ヒットドラマの「半沢直樹」を手がけている人だ。
骨太のドラマを演じたどの役者も素晴らしかったが、
とりわけ主役の松嶋菜々子、その息子役(次男博人)の高村佳偉人、
その中国人養父役の薄宏(bo-hong)が素晴らしい。
薄氏と、息子ふたりを売り飛ばす日本人役の加山到は
20年前のドラマ「大地の子」にも出演していて、
番組制作に込めた意思をそこに強く感じてしまう。
そして戦後も帰国させず看護婦として従軍を強いた八路軍の幹部を演じた俳優は
てっきり中国人かと思ったら、小松拓也をいう日本人俳優で、
あまり知られていない分、端整な顔立ちによる存在感が抜きんでていた。
なお、薄氏、小松氏共に声がいいと思っていたら、お二人とも声楽家、歌手でもあるそうだ。

このドラマは実話、または実話を元にしたフィクションだと思って見ていた。
というのは、昼に番組制作に伴う実際の従軍看護婦のドキュメントがあって、
そこに現在も存命の方が何人も出演して実体験を語っていたからだった。
戦後70年(彼女たちにとっては戦後60年)を機に、
ふたたび旧満州を訪問する密着ドキュメントも合わせて取材され、
ドラマ以上に壮絶な人生を追体験していた。
当時身につけた中国語は60年経った今もまったく錆びておらず、
90歳近い年齢で心身共に壮健な様子には目を見張った。
なのに番組のエンディングで「このドラマはフィクションです」
というクレジットが流れたのは意外で、これには何らかの配慮があるような気がする。

戦後、シベリアへ抑留された日本人は長い人で10年に及んだというが
戦後も中国八路軍に従軍させられた日本人はさらに長く、
帰国したのは1953年だということをはじめて知った。
最近民放でこれほどスケールの大きな番組が制作されることは珍しい。
美術セットも大きくコストがかかっており、周囲の自然環境にも大陸のリアリティがある。
おそらく大規模な中国ロケが敢行されたのだろう。
TBSテレビ60周年記念番組ということ以上に、
きな臭くなっている戦後70年にこういうドラマを制作するには、
おそらく大きな決意があったことが想像される。

赤十字とは、紛争地において敵味方なく救うこと、
それ以外の災害地などでも、
宗教や人種を超えた中立・公平な救護活動をすることを基本原則にしている。
赤十字をかかげている病院や車両、人には
絶対に攻撃を加えてはならないと国際法でも決められているのはそのためである。
このことは、日本が(法によって)立てた非戦の誓いと、
どこか通じるところがある気がする。
武器をとって貢献する国が普通の国だとしたら、普通の国にならなくてもいい。
「肩身が狭い」と嘆じるより、評価の多様性を信じてもいいのではないかと思う。
シネスイッチ

以前ここに書いた、個人で映画を買い付けてきた友人の作品は週末、
無事初日を迎えることができた。
はるかに思えた劇場公開も、迎えてみればあっという間だった。
一本の映画が劇場で公開になるまで、どのような人々の手と情熱によって動いてゆくかを
私も初めて知ることができた仕事だった。
小学校時代からの友人と、お互い映画好きが変わらずここまできた。
この年齢になって一本、いや二本の映画を共にかつぎ、
ミニシアターの聖地、シネスイッチ銀座にて公開されるとは夢のような話である。
その紆余曲折は彼のBlogに今も綴られている。
まだ書かれていないエピソードも多いので、どこかで単行本化されれば
きっとおもしろい一冊になると思う。

初日、私もじっとしていられなくて劇場ヘ出かけた。
配給会社のひとは映画の公開にあたり、
初日はどのくらい観客が入って何がどれくらい売れたかチェックする。
そうか、そんなこともしていたのかと初めて知る。
客の入りは雨にもかかわらずかなり手応えのある数字だった。
まずは「おめでとう」である。
私がデザインしたパンフレットの売れ行きもまずまずのようで、
ポスターの評判と共に、私をデザイナーとして使うよう強く押してくれた友人の信頼に
なんとか応えられたことに安堵する。
ちなみに「映画狂」とは友人であり、私はそれに比べればただのファンである。
夢を叶えた友人を深く尊敬すると共に、感謝する次第である。

(下:友人のBlogより初日劇場前風景)
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先日TVでスタジオジブリ作品「天空の城ラピュタ」をやっていて
これに限らずどのジブリ作品も子どもたちは毎度夢中で見ている。
我々の世代にはナウシカでさえ20代になってからの作品であり、
子供時代に見ることができなかったせいか、ジブリ作品はどうもなじみにくい。
ナゼかと考えたら、どの作品も既視感があることに気づいた。
アメリカのピクサー作品は大人が見てもうなるものが多いが、
私が今まで見た中で一番印象に残っているアニメ作品は
なんといっても東映の「ホルスの大冒険」だ。
小学校に入ったばかりの年(1968年)にリアルタイムで見ていて
印象的な主題歌は今も口ずさむことが出来る。
アイヌの民という設定が今もって新鮮で、北の国の神話にこれほどふさわしい所もない。
ヒロインの民族衣装に何とも言えない温かな魅力を感じていたのを思い出す。
話は早々に脱線するけれど、熊谷守一が若き日(だから今から百年ほど前のこと)、
樺太調査隊員としてまだ原初の生活をしていた頃のこの日本の先住民たちの生活を見て
「もし神さまが居るとしたら、こういう姿ではないか」と思ったそうである。
熊谷守一の樺太行の話は自伝にも出ていて読むと面白い。

話を戻して、この作品も実は若き高畑勲と宮崎駿が作ったルーツ的作品であり、
つまり親子二代にわたってジブリ(宮崎・高畑)作品で育ったことにもなるわけだ。
当時の子どもたちには受けず、興行的には大失敗だったらしいが、私は大好きだった。
作中の各キャラクターは複数人によるデザインになっているけれど、
ルパン3世などで有名な大塚康生がメインになっておおいに手腕を発揮したと思われる。
その後のジブリ作品に至るキャラの原型はおおむねここに見ることができる。
デザインだけでなく、主なキャラ設定、
女の子、男の子のカップル主人公、妖怪(妖精)みたいなもの、巨人(巨大生物)、
一致団結して戦う村人(女性が強い)、ヒロインに寄り添う小さな相棒などなど
多くがその後も踏襲され、ジブリ作品の既視感の理由はここにある。
本作が高畑監督の長編第一作だったことにも驚くが
宮崎駿のアシスト無しにあり得なかった作品でもある。
3年越しの完成の試写会を見て、作画に関わった天才大塚康生は
単なるアニメーターとしてしか関わらなかった後悔に男泣きしたそうだ。


今から20年ほど前、弟の知人の関係で、西荻窪である人に会った。
話しているうちにその人は元アニメーターで、高畑、宮崎両氏の元で
「ホルス」の全セル画15万枚を描き上げた28人のうちの一人だったことがわかった。
伝説的な作品に関わったスタッフにもかかわらずその後は経済的事情から作画を離れ、
現在はまったく別の仕事をしていると語る寂しげな様子が後々まで印象に残った。
この作品は完全主義の高畑監督が予算を無視して時間と制作費をかけすぎ、
一時制作の中断を余儀なくされた経緯がある。
スタッフの人手が不足しているTVの仕事に引っ張られたからだといわれているが
実際はそれ以外に会社側との労働争議があったということだ。
アニメーターの過酷な仕事環境は今に至るもよく知られている。
作品中で村人が力を合わせて悪魔と戦ったり、
悪魔に通じている人物にそそのかされて裏切る村長がいたりという設定には
当時のそういう現実的な事情が如実に反映されているということであった。
それも子どもには関係のないことで、私はヒロインのヒルダにでれっとしていた。
ちなみにヒロインの声優は、若き市原悦子である。
まったく関係ないが私は過去に一度、代々木八幡駅の踏切の所で
なにやら考え事をしながら歩く宮崎監督とすれ違ったことがある。

宮崎駿や高畑勲らの人間観、人生観、
弱者救済の心と自分の命よりも大事なものがある、という価値観、
善悪を判断する視点は今も変わらず一貫している。
アシスタントして宮崎の元で育った庵野秀明氏は私と同世代だけれど
それ以下の世代に後継者は育っているのだろうか。
宮崎駿は先日の対談番組で、日本のアニメはとくに少子化という経済的背景から
やがて遠くない未来、必然的に廃れるだろうと語っていた。
ジブリ作品の現在の隆盛を思えばにわかには信じられない話だけれど、
よく聞いてみればさもありなんという感じがする。
ひょっとしたら後継者は日本以外の国で生まれ、
もっと子どものたくさんいる国で引き継がれていくことになるのかも知れない。

ホルスビデオ
このVHSビデオは10年以上前、廃業したビデオ屋の整理品として売られていたもの。
8mmCamera

今回は画の話ではないけれど、個人的に久々に心が湧き踊った話だったので
非常に長くなるけれど書いておきたい。
映画が好きなことでは人後に落ちない友人の話である。

友人で唯一人、海外で仕事に就いていたやつが帰国して、夕べ再会した。
急な帰国と離職に何ごとかと思ったが、
その理由と今後については予想もしなかった展開にさらに驚く。

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