ナスと皮をむいたタマネギ
(水彩にパステル)

一シーズンに一度、モーレツな花粉症発症の日がやってくる。
薬を飲んでいてもまったく効かない、アレルギー持ち受難の日。
この週末、鼻が破けるかと思った。
3月唯一の連休は部屋にこもってビデオと静物に向かう日々。

カレーの支度。
小さなテーブル、というか台に野菜を並べる。
狭くてにんじんが乗らない。
外皮をむいたタマネギの素肌のさわやかさ、鮮やかさ。
ナスの深い紫はそこだけ夜である。

大きな大きなナスのたとえがあった。
「暗闇にナスのへたが付いていました」
小話だったのか、ジョークだったのか、そのひと言の部分だけ、記憶に残っている。
人間の想像力の地平だと感心した。
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朝井閑右衛門画伯のアトリエ(ガッシュ)


昨夜仕事に追われるなか、やや強い揺れがあったが、
まさか九州の地震が東京に及んだとは思わなかった。
震度7とはどれほどの揺れなのか、東京でけっこうな揺れだったから
震源地付近ではそうとうだったのだろうと、今はまだ想像するほかない。
犠牲になった方はほんとうにお気の毒に思うけれど、
城の石垣まで崩落するあれだけの地震で、よくこれだけで済んだことだと思う。
東北の復興がオリンピックのために人手が足りず遅れ気味だというなか、
熊本の今後が心配だ。
東京は東と西の復興の足を引っ張るやっかいな存在になってきた。


天井も高い立派なアトリエはもちろん私のではなく、
朝井閑右衛門画伯の非定期で公開されている由比ヶ浜のアトリエだ。
友人が先週イベントのためにここを借り、
「おもしろい造りだからおいで」と声をかけられたので遠路出かけた。

画家存命中のまま、時が止まったように保存されているアトリエ。
厚塗りの作風で知られる画家の作品は、
下塗りのまま今も筆入れを待つキャンバスが、少なくとも8点はかかっていた。
でも入れるのはここまでで、林立するイーゼルの前に立つことはできない。
手前に並んだ画材の入った箱を覗いてみると、
絵の具はホルベイン、パステルはレンブラント、オイルパステルはわからない。
あと日本画用の岩絵の具が箱の中に並んでいた。
何に使うのか、小さな熊手が筆とともに置かれている。
左端のイーゼルにかけられたタンバリンは、助手(?)の人を呼ぶためのものだろうか。
おもしろいのは座椅子はもちろん、イーゼル、テーブル、そして奥のタンスも、
あらゆるものにキャスターをつけて、いつでも簡単に動かせるようにしてあることだ。
熊手はそれらをたぐり寄せるのに使ったと思われる。
展示用ではなく、実際もこのように制作途中のキャンバスをたくさん並べて、
次々にイーゼルごと入れ替えて手を入れたということだ。

座椅子の背後の棚にはお気に入りのおもちゃが並んでいる。
見覚えのあるブリキのおもちゃが多い。
多くがドイツ製のそれらは、漫画的な日本製に比べて彫像的だ。
子どもにおもねた意匠の日本製Tin Toyは世界中で人気があるが
大人の嗜好をそのまま縮小したような欧州製のそれらが
猪熊弦一郎ら多くの芸術家の心をつかんだのもよくわかる気がする。
ほかに巨大なメリーゴーランドのおもちゃが床に置かれていたが、
木馬にまたがる人形はすべて、画家の手作りと覚しき愛嬌のある人々が
まるで歓声を上げているかのように、主亡き今も活き活きとした表情だ。

ここは南向きのようで、陽の光がさんさんと入る。
にしても、この天井の高さとアトリエの広さとでは、
冬の寒さは老人にはかなり厳しかったに違いない。
広々としたアトリエ奥には、これもまたキャスター付きの畳台があり、
それは寝台でもあったようで、冬の夜の寒さが思われる。

一度アトリエの実物を見てみたかったので、この日はいい機会だった。
画伯の娘さん(といっても私よりずっと年上のようだったが)がおられたので
少しお話しもさせていただき、貴重なお話も聞けた。
この秋には練馬の美術館で展覧会が開かれるとのことだ。
ほかには低いところに流しがあったりして、
いろいろ制作に使い勝手がいいように設計されているようだ。
私など生涯アトリエなど持つことはないだろうが、見ていて興味は尽きない。
バラとガラスの花瓶-2(オイルパステル)

葉はまだピンとしているものの、花の方はそろそろ限界に近い。
花びらはその薄いピンクの先から変色してきているが、
それでも首を曲げることなく、天を向いたまま、なお咲きそろっている。
こんな花の色を見ていると、パスキンの画を思い出す。
パスキンは花を描いていない(と思う)けれど、
ちょうどこのような枯れかけたバラのような色で女性を描く。
そういう古色のある色彩を使っていながら、パスキンの色は輝いている。
昨年パスキン展で見た宝石のような女たちの姿が忘れられない。

Tag:静物

小さなバラ(オイルパステル)

通勤路にオーナーがまだ若い個人商店の小さな花屋があって、
たまに花を買う時には、ここで買うことが多い。
夕暮れ時の曇り空のような色のバラの花を置いている。
くすんだようなこの色を他の店であまり見ないのは、売れないからだろうか。
この店でもそれほど売れていないように見えるが、
置いてあるのはいつもこの色で、私はとても好きなのである。

このバラは買って2週間ほど経つのに、衰えながらもまだ枯れずに咲いている。
週末は春一番が吹き荒れ、花粉も飛び始めているようなので外出を控え、
これを窓際において描いてみた。
花瓶は日本の古い乳白ガラス製で、当時はどこにでもあった型抜きガラスだ。
昔の日本製チープデザインは素朴でありながら、
作った側の一途さが感じられる気がする。
今やろうとすればあざとさに陥る種類のものだ。
ぶどう-1
(オイルパステル)
傷みやすい桃やぶどうの立派な採れたてが店先に並んでいると
こういうのを作り、ここまで運んできた過程の苦心を思ってため息が出る。
ぶどうの粒の大きいのは巨峰の一種なのだろうけれど、
房のボリューム感といい、グレー系の微妙な色彩といい、見ていてほれぼれとする。
粒がたくさんある品種のぶどうは少し骨が折れるかもしれないが
これくらいの大きな粒の房は描きやすい。
果皮についたワックス状のくもりは果実からにじみ出たロウ成分だそうだけれど、
これが意外に色彩に富み、描いて楽しいモチーフだ。
この果皮のくもりがなければ、巨峰はこれほど立派に見えないはずだ。
このぶどうの房にもう少しふさわしい皿が、わが家にあったらと思う。

メロンと同じく、少し前まで巨峰はめったに口にできるものではなかった。
はじめてもらった時には、まず画にしたものだ。
こういうのが最近は400円以下で店頭に並んでいたりする。
黒くて大きな粒の巨峰は今も高価だけれど、立派な大きく形のよい房の迫力と、
一口食べたあとに鼻に抜けてくる独特の芳香が(ぶどうの)王と言われるゆえんだろう。
ぶどうも桃も山梨で採れたものが多い。
この地の生産者の技術はすごい。
私はぶどうも桃も大好物なのだけれど、干しぶどうがどうしてもだめで食べられない。
香りが苦手で、こういう人はパクチー(香草)もだめなのではないかという気がする。

Tag:静物

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