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東京へ来て、一つ一つ買い足していった、わが家にある電気製品、
トースター、洗濯機、レンジ、電気釜などなど。
なかには道具屋で買った'60〜'70年代のレトロ家電もある。
そしてそれらを見渡すと、T社の製品は新旧織りまぜ、かなりある。
どれも丈夫で長持ち。
ひとくちに1兆円の赤字というけれど、
重さあるかなきかの一万円札をあつめて積んで100トンの重さ。
一秒間に一万円の浪費を続けて3万年かかるという。
原子力好きのアメリカが、なんで米国第一の原発メーカーを売りに出すのか、
それを日本の会社が買った時にはほんとうに不思議に思ったけれど、
おそらくカモられたのだな。
ニッポンはしかし、これからもきっと国ごとカモられるだろうという、
確信めいたものがある。

いっぽう、ニッポンの政治家や公務員の度外れた厚かましさはどうだろう。
見られては困る記録は勝手に捨てるし、
あったことはなかったことにする、コトバはつねに玉虫色。
そのうえで、記憶も記録もないと開きなおるあたり、始末が悪い。
公文書って、あんなに軽いものだったのか。
アフリカでも日本でもその申し開きと扱いは同じだ。
そうやってなお態度の大きい彼らへの支持率は、今もおどろくほど高い。
あきれるだけでたいして怒らない我々はここでもカモだ。

小学校のことはともかく、首相を含む国や地方を実際に動かしているメンメンが
あの戦前を思わせる教育方針については今も小さく、しかし強力に支持、拍手している。
それについてもおおかたの日本人が、たいして驚いていないようだ。
ワイドショーに名前の挙がった面々は皆仲間である。
別の舞台で百条委員会に引っ張り出された元都知事はもちろん、
今人気急上昇の東京都知事も例外ではあるまい。

今、国を動かし、法を替え、法の解釈を変えている主役は誰かと思うとき、
日本はちょっと途方にくれる状態だ。
うちらは無用、と断っても、包装紙を変え、見た目を変えての押し売り、掛売り。
ペラっと貼られた⦅安全⦆マークは「開き直ったメンメンが保証」という、
これは笑えないことになっている。
どうやらまた、かなり危ないものを買わされることになる。
先の醜聞は、証人が言ったようにトカゲの尻尾になって、
いっときのネタで終わりそうな気配である。
それでもフラストレーションがたまらない寛容というか、無関心が彼らを支えている。
国会で彼らが笑っているのを見た。
北風がふきすざぶ今年の春だ。
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「自分はあそこを襲撃します」と、国会議員や警察が計画書まで手渡されながら、
たったひとつの養護施設を守れなかった話なんてあるのだろうか。
犯人は極端な思考を持った例外的な人物だと思いたいけれど、
残された文章からうかがえるのは、かつてどこかで聞いたことのある内容だ。
どこで染まったのか、弱者排除の思考が歴史を越えて蘇ってきたことに戦慄する。
計画を知らされた者がとった、どこかよそ事のような対応と酷薄さにあきれ果てる。
さらに、犯行後もさまざまなひとを傷つけるに違いない内容の犯人の文章を
繰り返し読み上げるTVの無神経にも言葉を失う。
ドイツはじめ欧州の国であれば、そのまま読み上げるなど許されない内容のはずだ。


5年前の東日本大震災が起こった直後のTVでは、
何もかもが不足する被災地で診療を続ける医師の姿が映し出されていた。
その時に放映された特番で、辺見庸が語った言葉が今、強く思い出される。
放射能が高いレベルで存在する原発事故のあった周辺で、
なおそこを一歩も引かない医師を見て辺見庸は、カミユのペストを引用して言った。
あれが小説の医師、ベルナール・リウーだよ。
あれが誠実さっていうもんだ。
なにもかもが失われて着の身着のままの寒さに震える被災者の群れが残されたとき、
必要なのはあきれるほどに単純なこと、人間の誠実さだと。
その時ほんとうにわかったこと、
混乱の極みにあるが故に、それに乗じるのではなく、いつもよりもう少し他者に優しく。

私はその時まで、そういうときに人の命を救うことができる医師というのは、
自分たちの命よりも重いのだと、そう思っていた。
辺見庸はその時同時に、
震災で置き去りにされて亡くなった老人ホームの人たちのことにふれた。
80(歳)だから、90だから、もういいだろうと、ひとは考える。
施設に入っている自分の老いた母もまた、
若い人、もっと社会に役に立つ人に生きてもらって、
自分たち老人が身代わりになればよかったと思い込んでいるのだと。
しかし、それは断じて違うと、辺見庸は言う。
社会的に弱い立場のひと、社会に何の役にも立たない人こそ励まさないといけない。
そういうひとを尊重する社会でなくなったなら、
われわれはもう人ではない。
被災地でひとを診続ける医師の存在は重く大きい、
診てもらう人々がそう思うのはいいけれど、
社会が、「だからあの人には生きてもらわないと」というのは違う。
若いから、社会に有用だから、役に立つから生きるべきと、そう思ってはいけない。
社会的に弱い立場の人を支える、尊重する社会でなくなったなら、
それはもうひとの社会ではないと、歯がみしながら私も思う。

勝ち組が持ち上げられる。
儲け話に乗り遅れるな。
自己責任があたかも社会のルールのように喧伝され、
能力のないものを社会のお荷物のように見る今の社会の凶暴な顔を見て、
この事件の犯人も変わっていったのではないか。
私たちの社会は、あとどれくらい「ひと」の社会でいられるのだろう。
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どの国のいつの時代に生まれたか、あるいは暮らしているかによって、
その人の目に映る世界の姿は大きく違う。
もっといえば、目に映る世界は人それぞれですべて違う。
それそれの国の人はそれぞれの視点で世界を見、
それぞれの論理で考える。
たとえば原爆を持つ国と持たない国、
持たない国は持てる国のいうことが理解できず、逆もまた哀れなりだ。
剣を持つ国は手にした刃の切れ味に腐心し、持つことの正当性をルル語るが
そばで見せられ、聞かされる方はただ不気味なだけでたまったものではない。
ヒロシマやナガサキに謝罪しようがしまいが、
自らの猛々しい内面は、実はいささかの揺るぎもないのだろう。
しかしJFKの娘さんがなんとか大統領の手を引いたことで
アメリカにとってヒロシマ行きはタブーではなくなった。
あのアメリカでさえ、継承された平和を呼ぶ声は
小さくともむだではなかったのだと、驚いたり感動したりする。
任期一杯正気を保った人物がたまたま大統領に就いた幸運が、
人間の転覆をあと一歩のところで持ちこたえている。

日本は戦争を経験して、非戦、反核の誓いをたてた。
憲法も現実に合わせてハードルを下げる必要はなく、
慰霊碑に刻んだ「過ちは繰り返しませぬから」の誓いを守るために九条はある。
しかしいったいなにが「過ち」だったのか、
それが抜け落ちていたために日本はいまだ、
非戦の旗を掲げながら右へ左へゆらゆら揺れて頼りないことこの上ない。
大統領のヒロシマ訪問から時を置かず日本の視線ははやくも横にそれ、
東の都知事の金の使い方に釘付けになっている。
日本の首都は、毎度ろくでもない人物しか選ばない。
これは、自分たちの映し鏡でもある。
ねずみ男の浪費には腹も立とうが、我々の命にまではかかわらない。
命にかかることには逆におおらかであったり、
先伸ばしして平気であったりする。
新潟から帰りの車の中、陽水の「最後のニュース」が流れてきた。
陽水の最も好きな曲の一つだけれども、人間の業を歌った底知れぬ悲しさがある。
そしていちばんの魅力は、歌詞の言葉が持つ普遍性だと思う。

この曲がニュース番組のエンディングで流れていた頃、世界では湾岸戦争が起こっていた。
あれから今に至るまで、海外ではずっと戦争が続いている気がする。
日本は「先の戦争」といえば太平洋戦争だけれど、他の国は違う。
特にアメリカでは、親子三代でそれぞれが異なる戦争に送り出されて戦死し、
孫だけがかろうじて帰還することができたような家族がある。
戦争というのはその始まりははっきりしていても、終わりは限りなくあいまいだ。
過去の戦争が新たな戦争に切り替わるのではなく、古いものの上に新たなものが乗っかる。
新しい戦争はそれ以前の戦争の記憶を抹消するものだ。
だから反省ということをしないまま、次の戦争が始まる。
新たな争いに投入される脅威が日々の生活から消えたことのない国。
国際貢献の名の下、夫や子の無事を絶えず祈らねばならない国。
日本はそういうところから、これまで遠い国だった。

先日、師のU氏を訪ねた時、氏はこう言った。
「俺たち(老人)はもうすぐ死ぬからいいさ。
 一生戦争をせずにすんで、本当に幸せだったよ。
 人を殺さず、殺されもしなかった。
 世界的に見れば、一億もいる国民全員がそうだったのは奇跡に近いんだよ。
  でもおまえらの子ども達はこれからたいへんだぞ。」

原発事故から今日まで、何度かデモに出かけた。
私のような人間にとって、大勢の中に入って同じ言葉を叫ぶようなことは
苦痛以外の何物でもない。
家族の命に関わることだから、それでも足を運んだ。
そういう人はきっと多かったはずだ。
しかし他の国とは違って、一つのデモに100万人が集まる国ではないのだ。
マスコミや文化人、そしてあの若者たちも、
声を上げるのが遅すぎた自覚はあるだろうか。
都知事選、せめて衆議院選の時に声を上げなければならなかったと、
今は思っているだろうか。
こうなることに警鐘を鳴らした声は少なくなかったことを、
今も覚えているだろうか。

今上げている声は明日につながるのだと信じたい。
声を上げるのは「おしゃれでかっこいい」からではなく、
もっと切実なことが動機なのだと、今はわかっていると信じたい。
でなければ声は力など持たないだろう。
今はただ、声を上げる術を持たない子どもたちの世代に、すまない思いで一杯だ。
「最後のニュース」はこういうときにひどくつらい曲だ。

国会前デモ
国会前 


オリンピックマークの件については自分も同じ業界、職種でもあるから、
とりわけ気になってみていた。
問題はこんなに大きいのに、少ないのは「対話」と「説明」だ。
ベルギー人デザイナーと関係者がもっと早くに一度ならず膝をつき合わせて対話をしていれば
もう少し違った結果になっていたのではないだろうかと思う。
応募のハードルを下げるために個人のデザイナーが応募対象となったことが
こういうときに全く裏目に出ている。

今ただひとつ理解を得られるのは、学生が制作したと言われるあの桜の招致マークだろう。
さらにその前の、水引の帯をイメージしたデザインもあった。
それらはIOC側の決まりで、大会のシンボルにすることは難しいらしい。
今、二度目のオリンピックを東京へ招致するのも景気を呼ぶためというお金の問題なら
賛同を得られるマークが協賛金を得るために使えないというのも、
2020年五輪を表して象徴的だ。
「汚染水は完全にコントロールされている」という嘘で始まった五輪、
桜のマークをデザインした、当時学生だった女性の当時のコメントの言葉と表情だけが
すばらしく新鮮に見える。

いっぽう、佐野氏への怒りは治まる気配がない。
国立競技場や現政治への怒りをしのぐ熱量は、どこからくるのか。
「彼を擁護するのは同業者のみ」、そう言われてもなお、
頭も仕事も下げる人にバッシングを浴びせ続けるのは、見ていて気持ちが滅入る。
もうそれくらいでいいんじゃないかとため息が出る。
しかし責任だけは誰かがとらないといけない。
責任がなくても、取らないといけない。
あれだけ立派な人が集まっているのに、責任をとると言える人がいない。
民間ではふつう、一番えらい人がとっている。
役人や管理人ばかりの中で、そういう時に「自分がとります」といえるのが、
クリエイター(えらい審査員の人たちのこと)じゃないかと思う。
招致が決まった頃に前面に出ていた多くの顔はどこへいったか、
出航した船に船長がいなくなり、船は漂流している。

繰り返される「デザイン界の常識」のおかげで、
デザイン界という場所は今や、一般常識からかけ離れた住人が住む世界と思われているだろう。
デザインの良い悪いは別にして、
「デザイン的に別物」とはどういうことだろうか。
シンボルマークの役目はまず、「他者とはっきり区別ができること」、
そして色とフォルムによる「ポリシーや(企業)カラーの表現」だろうと思う。
遠くにあの二つのマークを置いてみて、二つを見間違える人は少ないという気がする。
著作権という法による問題はわからないけれど、
「デザイン的に別物」とはたとえばそういうことだろう。
専門家でない人に説明するなら、コンセプトとか考え方の違いなどという
目に見えない曖昧な言葉では伝わらないんじゃないかと思う。
しかしこれから先、この話ももう通用しないだろう。

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(こんな感じ。写真は私が撮ったものです)

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