東京湾をゆく船-32
(オイルパステル)

エリート官僚や政治家が、国会や公の場で平気でウソや
何をも恐れない問題発言をするようになったとき、
それを毎日のようにTVで見ている若者や子どもたちに与える影響を
少なからず心配する声があった。
心配は外れた。
日本最大の大学やその名門スポーツチームの首脳といった、
こちらも子どもの手本となるべき大人たちがそっくりマネをし始めた。
人事権などを握った大きな力を持つ人物が、
自らの口からは決してしっぽを出すような言葉は残さず、
忖度させるだけさせる。
あとで問題が出てくると、下の者に責任を負わせてとにかく逃げまくる。
政治の場では、真実を語ろうとした人に援護射撃は以後出なかったけれど、
今回の生徒の場合にはどうだろうか。
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米大統領が、自分の票田を耕すためにやった軽率が
一日で何十人もの人の命を奪ったことを、
現地にいて彼の家族を含めどう思っているのだろうか。
犠牲になった人たちはトランプが大統領にならなければ、
今も生きていたはずの人たちだ。
多くはまだ若く、なかには子どもも犠牲になったらしい。
ただただ悲しい。

ささめやゆきさんの本に、あるアニメーションが紹介されていた。
この短い作品は美しいけれど、とても悲しい話でもある。
人の一生の美しさと悲しさを同時に見せる作風は、
加藤久仁生監督の2008年の作品「つみきのいえ」を思わせる。

ある日どこかの国のどこかの水辺に、
父親とその娘らしき子どもが乗った自転車がやって来る。
父は自転車を止めると沖を見つめ、
次に娘を抱きしめると娘を置いて沖へとボートをこぎ出す。
娘は沖へ出ていった父をいつまでも待つが帰ってこない。
時は流れて子どもは成長し、やがて恋人を連れ、そして自分の生んだ子どもを連れて
何度もここへやってきては、やはり沖を見つめている。
娘はもうおばあさんになった。
腰も曲がり、ひとりになってもまたこの岸辺へやってくるのだった。
水辺はいつの間にか陸になり、草原へと変わっていた。
かつての沖へ向かって、老いた娘は草をかき分け、歩き出す。
ずいぶん遠くまで来たとき、そこに朽ちたボートの残骸を見つける。
老女はその場に横たわり、しばし眠ってしまう。
ふたたび彼女が目を覚ますと何かに導かれるように、
さらに沖へ向かって歩き出す。
どんどん、どんどん歩くうちに今度は若返ってゆく。
老女は夫人に、さらに女学生へ。
そして少女になったとき、目の前にはあの懐かしい父親が立っていた。

いい作品には普遍性があって
過去見たこと、聞いたことが時間と国境を越えてふわりと目の前に立ち上がってくる。
そしていつか嗅いだことのある香りに包まれる。
この作品は大戦中、ナチスに占領されたオランダ人が、
海の向こうのイギリス軍に合流してナチスと戦おうと一縷の望みを託して
エンジンもないボートに乗り、荒海へと漕ぎ出した歴史が下敷きになっているそうだ。
イギリスへたどり着くことができた人はほとんどいなかったそうである。
娘を残し、沖へ向かって小舟をこぎ出し戻ってこなかった父親は、
昨日今日、ガザで抗議に出かけて帰ってこなかった人とどこか重なって見える。
素手で抗議する人たちに向けられた暴力は
ホロコーストの受難を経験した民族が行うこととは到底思えない非道だ。



(「岸辺のふたり」マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督、2000年 英蘭)
東京湾をゆく船-28
(オイルパステル)

東京湾をゆく船-29
(オイルパステル)
日曜の朝、いつも見ているサンデーモーニング。
辛口のコメンテーターでご意見番的役回りだった岸井成格さんが亡くなられた。
降板後、代わりの人がいない。

最近の事件に出てくる政治家・役人の
横柄で無責任な態度や口上を見て聞いて思う。
大きな権力を持った人物や組織が、
世論や周囲をまったく恐れずに暴言、嘘をためらわずに口にする。
信頼や良心を裏切ることが起こっても謝罪しないか、
してもまるで謝罪になっていない。
日本の首相と副首相二人の言葉ひとつ聞いていても、
米国大統領よりもずっと世論を恐れていないことがよくわかる。
そして彼らが期待した通りの空気に、社会は動いていく。
こんな不思議なことはない。
子犬の横顔(オイルパステル)

お隣、朝鮮半島の握手をリアルタイムの中経で見た。
日本では左右を問わず、今も「騙されるな」「気をつけろ」と言い続ける。
同じ見方で一体になったマスコミと政治家らはどうにも同じレベルに見えてしまう。
それはそうなのかもしれない。
また手のひらを返されるのかもしれない。
しかし開戦前夜とも言われた状況からあそこまで持ってきたお隣の政治家と
こちらの泥まみれのボスたちを見ると、あまりにも見劣りがしてなんとも悔しい。
あの握手と一糸乱れぬ行事の進行のために尽くされた労力を想像すると、気が遠くなる。
それでなお、想定外のアドリブが入ったところにリアルを感じる。
この先にどんな悲観的な予想を聞いても、やはりあの映像にはじんとくるものがある。
彼の国に住む人たちの感激、いかばかりだろうか。
かつての東西ドイツのような道を歩んでと、願わずにいられない。
雲(ガッシュ)

選挙の時には「丁寧に説明する」と言っていたし、
同じ党の議員も「首相がそう言っているから(まあまあ)」と言っていた。
選挙後、説明の機会すら持つ前に鑑札を出すというのは
早々の公約違反というか、公約破棄じゃないのか。
身内高官から告発が出て、勢いに乗ったマスコミなどが
「文部省職員の肩は勇気を持って告発を」と言ったのはついこないだの話だ。
それに促されて声をあげた人の勇気は無に帰した。
ヤンキー先生は元のヤンキーの顔に戻り、さっそく粛清するのだろう。
これからはみんな口をかたく閉じ、促されて声を上げることはもうないだろう。

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