智恵子と光太郎

高村光太郎は31歳の時、
当時は珍しい女性洋画家だった28歳の智恵子と結婚した。
光太郎とは30年間暮らし、
妻智恵子は52歳でなくなったのだと最近知った。
「智恵子抄」は、愛の歌だから、もっと若くなくなったと思っていた。

60を過ぎた光太郎は戦後さまざまな理由があって、
岩手の山深くに粗末な小屋を建ててそこに蟄居した。
寂しくなると裏の丘にひとり登っては
「ちえこー、ちえこー」と大声で叫んでいたと、
これは松浦弥太郎さんの随筆に出ていた。
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Giacometti-1

ジャコメッティとアネット夫妻
有名になってからも浴室も流し台もない、パリ最下層のアトリエに二人で住んでいた。
この写真を撮影したのは晩年最も親しいモデルでもあった、日本人哲学者の矢内原伊作である。
その鬼気迫る制作風景は矢内原氏の著作「ジャコメッティ」(みすず書房、絶版)に詳しい。
そのアトリエをはじめて訪れた時、
アネットは通りに出てきて洗濯をしている最中だった。
ジャコメッティを写した写真はブレッソンのものが有名だが、
モデルとして過ごした合間に素人の矢内原が撮影した日常のジャコメッティの写真が
私は素晴らしいと思う。
仲のいい芸術家夫妻、恋人同士のポートレートを見るのは心温まる。
この写真は、自宅で食事を決して取らなかった夫妻が、行きつけのカフェで食事を取っているところか。
アネット婦人の美しさが素晴らしい。
(写真:矢内原伊作「ジャコメッティとの日々」より)

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