20131128_book

『ブロンクス生まれのウエイター』(『喜びは悲しみのあとに』収録)は
上原隆さんのコラムの中ではめずらしく明るい話だ。
著者が東京駅近くのセルフサービスのダイナーで見かけた黒人ウエイターの
目の不自由な老人への接客態度に感動するところから始まる。
著者は彼に声をかける。
ブロンクス生まれ、貧しい家庭で育った。
兄が東京へ働きに来ていたときに遊びに来て、
彼自身も日本がすっかり気に入り住み着いたのだという。
著者は彼が日々行うさまざまな親切について、そういうことを誰に教えてもらったのか尋ねる。
黒人のウエイターは、家で父親に毎日こう教えられたのだという。
「人はね、いつ死ぬかわかんないでしょう。
 だから、あまりいいことしないで死んじゃったら、あなたの名前すぐ忘れちゃうでしょう。
 だから、いいことして、死んでも名前、まだあるようにしなさいって」
店内で、彼だけがボウタイをつけてタキシードを着ている。
「お洒落な格好の方がいいね。ちゃんとしたお洒落は、気分がいいよ。」


著者はあるインタビューで、
取材をして実際のコラムに採用するときのポイントについて語っている。
「『定年退職』(『にじんだ星をかぞえて』に収録)という話に登場する男性は、
 中学校を卒業した15歳の春から働き始め、45年勤め上げて定年の日を迎えた人なんです。
 その彼が、高校に入学した娘の写真を見て、
 自分はこんな子どもの頃から働いてたんだなあと、言ったんですよ。」
拾い上げる視点はこんなことばにそそがれている。
しかしコラムはどれも結末に教訓的なものを引き出すことをしない。
そういうものは読んだ人の側にゆだねるような、多くは唐突な終わり方をしている。

「今日のよろこびを明日に」(『こころが折れそうになったとき』に収録)
というコラムの中で強く印象に残った記述がある。
通勤電車の中で勉強をしている会社員を見て著者は思う。
勤めながら資格を取ったり語学を勉強したり、それらはみな、自分の将来のためだ。
今の会社はいつどうなるか、わからない。
その時に備える日々の努力、実はこれは学生時代の受験ともつながっている。
将来に備えるべく今の楽しみをがまんすることはずっと続いているのである。
といってもそればかり考えているわけではないし、今日の喜びもあるに違いない。
ただ、
「将来のために現在がある生活は、将来が目的で現在が手段のようになっていて
 将来よりも現在を一段低いと考えているのではないだろうか」と。

そのことを自問するように著者は、
脊椎に重い障害のある子どもを育てる、あるハードボイルド作家のことを語っている。
妻ががんになり、自分と子どもの身の回りのすべての世話をしながら思ったことは
「将来のことを考えては今日生きられない。
 昨日かわいければ今日もかわいい、今日かわいければ明日もきっとかわいい。
 五十になったときも、やっぱりかわいいと思っているんじゃないかな。」
ということだという。
読み終わった時、人生というものが少しシンプルになったように思えた。
この話は「喜びは悲しみのあとに」と「こころが折れそうになったとき」に
二度語られている。
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