神田古書街

子どもたちの夏休みもほぼ終わり、
私もその最後の週末につけて2日、休暇を取った。
長男が高校受験なので今年は結婚以来、はじめて家族でどこも出かけない夏休みとなった。
しかし実は私以外は平日に千葉へ海水浴へも出かけていて、
適当にエンジョイしているようなのだった。
次男坊も今は部活に忙しく奥さんはパートへ、
けっきょく自分ひとりで休暇を消化することになった。
さしたる計画も持たずに成り行きで休暇を取ったことを後悔する。

前半はあいにくの天気で、
一本の古い映画を名画座へ観に行き、
一カ所の展覧会へ足を運び、今日は増えて置き場所のなくなった本を売りに行った。
まるで定年を迎えたような気分だ。
以前何度か持ち込んだ古書店が近くにもあるのだけれど、今日はいつもより量が多い。
少しは高く売れそうな本もあるとのけち臭い自負もある。
あそこならこの本を近所よりは高く買ってくれるだろうとの野心がふくらみ、
神田の古書街まで車で乗り込んだのである。

東京に来て以来、20年間(時々ではあるが)通った神田神保町へ、今日は初めて売りに行く。
展覧会図録や美術書は、図録の扱い量が神田で一番とみたU堂へ電話を入れ、持ち込んだ。
図録だけでなく、写真集や絶版の画集なんかもまとめて段ボール箱3つくらい。
電話の向こうの明るい返事がこちらの気持も軽くする。
スティーグリッツが奥さんのジョージア・オキーフを撮った写真集、
田淵行男の山の写真集、近所の馬込ゆかりの女流画家桜井悦の画集二冊、
フジタの「猫と女とモンパルナス」、ほかにも画集何冊かと、あとは図録。
これだけあればいくらか次の画集購入資金にはなるはずと目論んだ。
しかしながら、あては大きく外れた。

リスペクトする神田の老舗からはもう少し元気な声は聞けないものか。
無念な気持ちを抑えて、
私が持ち込んだ画集がもしこの店の棚に並んだなら
やっと〝一冊が買える〟ほどのお金を手にして店を出た。
老舗の値付けは適正だったのだろうか。
さて、車の中には春に奈良から持ち帰ったバルザック全集がまだ段ボール2箱分あった。
慎重にも私は本を二つに分けて、一緒には持ち込まなかったのである。
U堂を出るとき、値をつけた店の主にその全集ならいくらで買うかと話をふると
「それもたいした金額にはならないなぁ」と言うのでここに売るのを辞めた。
二十歳頃に文庫の「ゴリオ爺さん」と「知られざる傑作」を読んで感動し、
大阪の天牛書店で無茶をして全26巻を4万円で一括購入したのだ。
以来30年、一冊も読むことなく今日売却の日を迎えた。
この全集と引き替えに得た教訓は、
箱入りの立派な本は電車で読めない、ということだった。
今から30年前のお金のない浪人時代に、書籍代4万円は重い買い物だった。
「いくらにもならない」と聞いて「そうなんですね」と手放すには悔しすぎる。
店を出ると3軒隣に、今度は店頭に文学書を多く並べている店が目にとまり、
そこに入って聞いてみた。
「一万円なら買いましょう」という。
1/4になってしまうが30年前買った本についた値段なら
「いくらにもならない」よりはずっと頼もしい。
カウンターに段ボールをおいて検品してもらうと、
月報がすべてそろっているのでさらに2000円プラスするという。
日本一の古書街はこうでなくてはいけない。
先ほどのU堂で段ボール箱から出しもせずに本を見おろし、
まとめていくらと見積もった光景がまざまざと脳ミソによみがえった。
つまり、神田の古書街に 20年通った経験は何の役にも立たなかったのである。

買うことと売ることとは違うのだ。
そんな簡単なことがわかった夏の終わりだった。
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