水辺(ガッシュ)

たった一度訪れた熊本の思い出。
歩いて訪れてからもう30年も経ってしまったけれど、
熊本駅付近から見たあの落ち着いた美しい街を忘れない。
地震で崩れた熊本城のやぐらは、当時建造(修理?)中だった。
家も道路も橋も歴史的建造物も、およそ人の手で作られたものはまた作れる。
ふたたび住む日が、見ることができる日が一日も早く来ますように。
被災地99.99%以上のひとが命を失わずに済んだのだ。
ものは失っても命と大地があれば歩き始められる。
内陸だったので津波は来なかったし、
暑さ寒さが比較的おだやかな時期でもあったので、つらいながら野宿も可能だ。
そして県内に原子力発電所がなかった。これは大きい。
こんなことは3.11以前には考えなかったことだろう。
今は災いの中の幸いと考えたい。

東日本大震災のあった5年前、亡くなった方の数が桁違いに多かったせいもあり、
当時は被災者の口からも「地獄」という言葉が多く漏れ出た。
なにより、原発の事故が重なったことで、
逃げる、とどまる、助ける、立ち上がる、
すべてにたじろぐばかりで途方に暮れる、としかいいようがない状況があった。
それは今も続いている。
私が言うと無責任に聞こえるだろうけれど、だいじょうぶ、
今をしのげば熊本の復興はきっと早い。
30年前、熊本駅に向かう国道沿いにあったうまくて盛りがよくて親切な、
あのプロレスラーメンさんは無事だろうか。
旅も終わりに近いある日、薄汚れたザックを負い、
墨のように日焼けして入ってきた私を上から下まで穴の開くほど眺め、
だまって大盛りにしてくれたおばさんは健在だろうか。

ところで、
救援といってわざわざオスプレイでやって来ることは、ないんじゃないのか。
壊れなかったからと言って、今原発を動かし続ける必要は、
さらにないんじゃないのか。
本震と変わらない規模の余震が続き、震源域が広がるこの状況を考えれば
「住民の安全を最優先」するには発電所がどうすべきなのか、子どもにもわかる。
ここに原発の事故がもしも重なったなら、見える明日がまったく見えなくなる。
このあたりフクシマ以後、なにも変わっていない。

   →「川内原発の停止を求める」署名を集めている人がいるそう
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