糸の風景画:刺繍作家、森麗子

 25, 2011 12:47
大きな樹のある町

ご紹介する作家の二人目は、こちらも手芸作家の森麗子さん。
(高齢ながらご存命(たぶん)なので「さん」付けで。
 同じ刺繍作家の同姓同名の「森れいこ」とは別人)
今年90才になられた。(情報が少なく、たぶんご存命だと思う)

面を生かして「静物画を描いた宮脇綾子作品」、
線のタッチを生かして「風景を描いた森麗子作品」、
どちらも今見ても少しも古さを感じない。
むしろ、長い不景気の時代に「癒し」味のデザインがもてはやされる昨今、
時代の感性のツボにすっぽり納まっているように見える。
女性なんかは作品を一目見ただけでため息をつくかもしれない。
ちなみに彼女が主宰する「ガブロム工房」のガブロムとは
フィンランド語で「かわいい」の意だそうだ。

これはデザイン、イラストだろうか。
しかしどれも類型に陥らず、つねに新しい風景がある。
そんなことより何より、
作者が針を持っている時のときめき、楽しさ、
完成した作品を見る人達の歓声は想像してあまりある。
ひと針ひと針、長い時間をかけて布の上に綴った
心象風景とも受け取れる景色は北欧だろうか、
ほとんどが見たことのない海外の風景にもかかわらず、
今や「おじさん」ど真ん中の私にも、深いノスタルジーを呼び起こしてくれる。
・・・・

女性お二人の共通点はまずその制作をはじめた動機にある。
日本の敗戦後、もう逃げなくてもいい日々とぽっかりと空いた
何もすることのない時間に手元にあった布や糸を使って、
殺風景な部屋に何かを飾り、わびしい生活に少しでも彩りを与えたい、
という思いから始まった。
その手仕事は徐々に共感の輪を拡げ、美術の世界からも注目されるようになる。
手元にある創作50周年の記念作品集を見ると、匠秀夫が文を寄せていたりする。
早くから作品を「ファブリック・ピクチャー」と言っていたことに自負も感じる。
森作品が最初に注目を浴びた’70年頃、一般的に手芸作家といえば
カルチャースクールの先生程度の認識だったはずだ。

森さんは最初、手元にあった布に筆で梅の木を描いてみた。
しかしなにかもの足らず、そこに刺繍をしてみた。
そして手作りの額に入れて壁に掛けてみると、
たったそれだけで殺風景だった部屋が少し楽しくなった。
創作の糸の端っこはこんな小さな感動から始まったのだった。

寂

上の作品は初期の頃のもの。
見えにくいかもしれないが日本の墨の濃淡を意識した作品で、
フォルムは既に抽象に近くなっている。
作品がリーダーズダイジェストの表紙を飾った当時(おそらく1960年代末)から
70年代まで、美しいタペストリー作品が多く生まれている。
しかしファブリックで抽象形態を追求すると、単にパターンデザインに行き着き
言い方は悪いが「模様」のデザイン、グラフィックワークになってしまう。
そこから自身が見たものから受けた感動と、作家性を
より明確に表現できる具象へ戻ったのではないだろうか。
これは単なる推測であるが。。

糸とフレーム

以後主婦業のかたわら、時々の発想を糸と布で定着し続け、
本格的に創作生活に入ったのは50代になってから、とも言われている。
そして子育てを終えたとき、500ドルを持って欧米を回った。
中でも北欧、スウェーデンへの訪問と、現地の王室テキスタイルデザイナーへの師事は
その後の彼女の創作に大きな影響を与えた。
スウェーデンは刺繍の王国であるが、そんな技術よりも
森と湖の自然が彼女の心を捉えたように思う。
技術は外から学ぶことはできるが、感動は個人のものである。

田園

ミロの絵に大きな衝撃を受け、
早いうちに抽象形態の追求に進んだ彼女をふたたび具象に引き戻したのは
北欧の風景との出会もあったかもしれない。

満月に浮かれて

素人の私が一口に刺繍とは言うものの、
ステッチという技術は想像以上にバリエーション豊かだ。
ステッチ

これらのステッチは、ごく一部だけれど
画で言うところのタッチであり、まるでドガのパステル画のそれを思わせる。

思い出の中の町C
デザインのレベルも相当高い。
このデザインは気に入っていたようで、バリエーションがたくさんある。

芽吹く頃
なんて自由なのだろう。
真ん中は昼、その左隣は夜である。
ひとつ前の中央に町を丸くデザインした作品も含め、
これらは80歳になってからの作品である(!)。

秋の中でB
パウル・クレーが手芸をやったならその作品はかくや、と思わせるものも多い。
森さんは染色、織りも自分でやっている。

木立の午
80才を過ぎてからこういう細かい作業を伴う作品を作っている。
細かい草を老眼、疲れをいとわず手を抜かず、ひと針ひと針さしてゆく。
画家などはピカソの例を見るまでもなく、
年齢を経ると徐々に単純、シンプルな作風になってくる。
洗練とか円熟とか言われるけれど、体力、集中力の衰えは否めない。
その点、大変な家事を続けてきた女性は
気力体力とも男よりはるかに持続するのだろう。
もともと女性は男性より丈夫にできている。

さて、これまでずっと円熟期であり続けた森さんだけれど
中でも私が「円熟」と思う作品を以下にいくつか・・・。
これら作品を見て何を思うだろうか。

落ち葉を拾う又一枚

春の宵

私はこれら作品見て真っ先に思い出すのは
75才を過ぎて絵筆を持ったおばあさんの画家、グランマ・モーゼスである。
洗練されたモーゼス、とも言えるだろうか。
そしてこれはどうだろう、
サウナ小屋の見える風景
色、デザイン、ともにすばらしい。
勉強熱心な人だったから、
海外のデザイナー、イラストレーターの影響も受けたかもしれない。
エド・エンバリー、オレ・エクセル、そしてスティグ・リンドベリあたりの
北欧のテーブルウェアのデザインなんかにも惹かれたかもしれない。



休みなく家事と家族に付き合いながら、
折々に感動し、発見したことをやがて表現に昇華できた女性は強いなぁと思う。
ところでローマのバチカンにはルネサンス以前のゴブラン織りが多数展示されていた。
布、糸の寿命は長く、ひょっとしたら油画よりも物理的には長命かもしれない。

最後に、
森さんはマイナーな存在では決してない。
若い人達にはどのくらいの知名度があるかはわからないが
刺繍界のQueenであり、すでに伝説でもある。
その刺繍作品はものによると一枚100万円以上するそうである。
過去の作品集も古本相場は高い。

さて、
森作品の世界を油彩画に持ち込んだらどうなるだろう。
実際、かなり近いタッチの洋画家がいてそれなりに面白いけれども、
これはやはり糸で表現してこそ、最も生きてくるスタイルであるようだ。
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COMMENT 4

Thu
2011.09.29
17:24

タブロウ #3h4yWL0g

URL

のまどさん、こんにちは。

ステッチの多彩さには驚きますね。
これらは「一刺し」で、というわけにはいかないでしょうけれども
クレヨンで描いたように一見自由に表現されていることに驚きます。

とことん「楽しく」「美しく」、
なにより「かわいらしく」表現することに集中できる強みは
どこかうらやましくもありますね。
とくに「かわいらしく」というのは・・・むずかしいですねぇ。。

ユトリロ、シャガール、ルソーあとマルケなんかも、
これら愛される画にはどこかかわいらしさがある気がします。
日本なら鈴木信太郎や猪熊弦一郎、長谷川利行もある意味そうでしょうか。
一方で、日本のイラストレーターはその点、うけることを熟知していて
かわいいテイストだらけです。
フランスなんかのイラストレーターから見ると、
「日本のイラストレーションはなぜあんなに子どもっぽいのか」と思うそうです。
「過ぎたるは・・」ですね。

Edit | Reply | 
Thu
2011.09.29
16:02

のまど #-

URL

私はこれまで刺繍とか柔らかい素材は苦手で、ノルマンディーのバイユーのタペストリーは有名で見に行った事もあるのですが、ふ~んって感じでした。

でも森さんは画家の眼を持った手芸家ですね。
上から2段目の抽象画の様な作品とか、ステッチのサンプルは興味深いです。

特にステッチであの自由にクレヨンで描いたようなタッチが出るのには正直驚きました。

それと申し上げるまでもなく色彩が濁りが無く素晴らしいです。

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Tue
2011.09.27
11:16

タブロウ #3h4yWL0g

URL

hhananoiroさん、こんにちは。

森さんの刺繍、いいですよね。
絵柄の町に住んでしまいたい気分にさせられます。
人は全く描かれていないんですが、家の中ではパンやシチューを作っているような
そんな人の気配に満ちている、幸福な画ですね。

「日月山水図屏風」、すごいですね。
ネットで見てみたら昼夜だけでなく、春夏秋冬も表現されているんですね。

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Tue
2011.09.27
10:26

hananoiro #-

URL

森麗子さん。。素晴らしい刺繍作家さんですね!
色々、紹介して下さって、とても勉強になります。
細かい手仕事が、日本人の得意とするところと思います。
昼と夜が同じ画面にある作品は古い日本画作品にもあります。「日月山水図屏風」
もしかしたらヒントを得ていたかもしれませんね^^

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