多摩川の道、水門と水たまりのある風景(P4)

 24, 2011 00:14
水門のある風景_01

人の生活臭の全くない河原で、
ひとりで寝ずの番をしている名無しの水門。
今見るとこの味も素っ気もない現代の土木構造物が、
数十年経てばそれなりの味わいや郷愁を感じたりするようになるのだろうか。
ほんの少し前まで青々としていた土手の緑は、あっという間に枯れ草色に
空の青も寒色系へと移っている。
・・・・

週末、大阪から旧友がやってきた。
出張のついでに一年半ぶりに寄ってくれた。
年々疎遠になる関西の旧友達、
それでも連絡をくれるのはありがたい限りだ。
社会人になってからできた良き友人もいるが、
若い時の友人はそれとはまったく違うつながりと味わいがある。
テレビの「イタリアの小さな村の物語」のように
週末には昔なじみと会話とそれぞれの家庭料理、そして若い頃の話題を肴に
酒(弱いけれど)やコーヒーを飲みたいものだが
私が関西に帰ることはないだろうと思う。
そう考えると、今後一生のうちに彼らと会える機会はすでに限られており
それは自分の親にしてもまた同じなのである。
そう考えてしまうのはともに住む町を出てしまった私の方で
彼らはそんなセンチメンタルなことは思っていないに違いない。
彼らはほとんどが芸術に関係もなければ画に興味もない人間ばかりだが
なぜか気が合い、いつまでも話し続けたものだった。
皆今現在の生活に深く根を下ろし、
ある友人は一本の道を悠々と歩き、
またある友人は別の道を歩き始め、
そしてまた別の友人は自分の歩くべき道をほかに探そうとしていたりする。
私の願いはひとつ。
自分のことは棚に上げて言ってしまうが
「幸せな」とまで贅沢は言わない、
みんなが苦しむことのない老後を迎えてくれること。

友人のなかで今、私だけが若い時に歩こうとした同じ道に戻ってきた。
昼間の仕事は変わらずにあるけれど、再び筆を持っていることの違いは大きい。
口を開けば相変わらず青臭いことを言う私に、
それでも連絡をくれ、話に耳を傾けてくれる古い友人達。
私の若くて苦い沈潜時代を知っているのは親よりもむしろ、彼らだけだ。
このかけがえのない友人達にいつか「見てくれ、オレは今も描いていたんだぞ」と
できればどこか広い場所で自分の作品を見せてやりたい。
仕事と家庭の些事に疲れた親父たちに、ささやかな刺激にはなるかもしれない。

このBlogも、もうすぐ一年になろうとしている。
スポンサーサイト

Tag:油彩 風景画 Paysage Landscape

COMMENT 0

WHAT'S NEW?