油絵以外:東急ハンズの仕事

 25, 2011 22:07
東京にやってきて風呂無し四畳半のアパートに転がり込んだ頃、
新聞の折り込みに、定期的に東急ハンズのカタログチラシが入っていた。
ハンズで取り扱っている商品を使ってつくられた巧みなジオラマが表紙になっていた。
何かを創りたい、制作意欲をかき立てられる、
わくわくするようなそのビジュアルに魅せられた。
「こんな仕事ができたらどんなに幸せだろう」
まだデザイナーにもなれず、インチキ事務所の営業回りをしていた頃の夢だった。
それから2年後、なんと私はこの仕事を現実に担当することになった。

ハンズの折り込み
・・・・

東京に来て1年半、3社目ではじめてデザインの仕事に就くことができた。
そこで半年が過ぎた頃、私はこの表紙を偶然任されることになった。
考えてみれば、ほぼ最初からAD(アートディレクター)を担当したことになる。
それは私が優れていたわけでも何でもなく、
当時ディレクター(監督のような役割)が体調を崩していたこと、
その仕事(表紙のビジュアルを考える)を不思議にも他の誰もやりたがらなかったこと
そんな偶然が重なって、私がこの仕事を勝手に引き受けることになった。

hands-別シリーズ

さらにたまたま、その表紙ビジュアルが新シリーズを展開することになり、
私は幸運にもそのシリーズのスタートに最初から関わることになった。
元々のディレクターはCD(クリエイティブディレクター)となり、
表紙ビジュアルを創るための「核」となる「考え方(コンセプト)」を決める。
それに簡単なスケッチを添えて私に投げる。
実はこれが最も肝心で難しいところで、ここがしっかりして鮮やかであれば、
あとのストーリー展開はいくらでもふくらませることができる。
CDの仕事の重要性は外から見えにくいが、突出している。

考え方のキーになったのは「永久機関」で、
「人間の見果てぬ夢が追い続けた「画に描いた餅」を現実世界の動力として
 目に見える形にして、生き生きと動かして見せよう」という計画だった。
CDは素人同然の私がどれくらいできると考えただろうか。

広告ではあったけれど、どこにも商品の宣伝は見えず、
ただ「何かを創ることはわくわくすること」だけを伝えることを目指した。
私は自分でイメージした世界を現実に可視化できるということに興奮が抑えられず、
徹夜も資料集めの奔走も楽しくて仕方がなかった。
CDからアイデアを受け取り、私が描いた最初のスケッチはこんな感じ。
カンプスケッチ

これをもとに外部の制作者のひとにメインで使う部品(ハンズで扱っている商品)
を指示しながら実制作をお願いする。
制作者は佐藤 一良氏で、コストとオーダーのせめぎ合いに悩みながらも
私の困難な注文にいつも100%応えてくれる
すばらしいプロフェッショナルであり、クリエーターだった。

約2週間後、完成したオブジェをスタジオに運び込み、
そこで特撮の映画のようなセットを組んで撮影に入る。
ここでお客さんであるハンズ側の担当者とカメラマン、
そして私とで侃々諤々(かんかんがくがく)の張り詰めたやりとりと
何十枚かのテストカットを経て、一枚の決定カットが撮影される。
それは写真とはいえ、まるで一本のSF映画を撮影するような経験だったように思う。

永久機関-1

毎回、すみずみまで全員が妥協のないカットが撮影された。
できあがった仕事は、その場にいた誰もがあとで「私も関わった仕事だ」と言った。

永久機関-4
説明のコピー(文章)、ロットリングを使っての構造のイラストも自分で描いた。
動く(と思われた)原理は私とCDしか理解しておらず、当時はMacもなかった。

永久機関-3 永久機関-5

デザイナーとしての経験はほとんど無かったが今この写真を見ると、
ADとしての仕事は全く不思議にも十分果たせていたように思う。
CDは突き進む私をやりたいようにやらせ、ある時はセーブしたりした。
このときのCDが私が描いた肖像の師、牛島健一郎氏である。

約二年間、夢中でやった仕事は、ただただ楽しかったという記憶しかない。
私はこのとき、平面よりも立体的な仕事の方が合っているのではないか、と思っていたが
残念ながらこれ以後、こういうセンスを生かせる仕事はめぐってはこなかった。


できあがった印刷物を、大阪の竹中先生に送った。
何年かあとに友人から、教室でずいぶん褒めておられたと聞いて、
私は感激を押さえられなかった。

ハンズクリスマス
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Tag:東急ハンズ

COMMENT 4

Sat
2011.11.26
15:21

タブロウ #3h4yWL0g

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Re: 油絵以外:東急ハンズの仕事

ぱんどるさん、こんにちは。
私はぱんどるさんの画家への転向時の海外エピソードに胸が熱くなります。
パリで雨の中描く作品に警官が自分のコートを掛けて雨から守ってくれたお話、
自分のことでもないのに忘れられません。
「俺たちはこいつ(芸術)のおかげで食わしてもらっているんだ。」と言ったのでしたっけね。
自分の仕事に感激を伴った思い出があるというのは、なんと幸せなことでしょうね。

ハンズの頃の仕事はチームでやるのが普通でした。
パソコンがこの世界に入ってきて、表現の自由度は飛躍的に広がりましたが
作業は個人単位になり、スケールは小さく、浅くなった気がします。
デザイナーはあっという間に技術が身につき、美しいものを早く作れるようなった。
反面得たものもあれば、失ったものもあります。
若い後輩達に申し訳ないのは、我々が味わった仕事の醍醐味を
今は味あわせてあげることが非常に難しくなったことです。

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Sat
2011.11.26
15:18

タブロウ #3h4yWL0g

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Re: 油絵以外:東急ハンズの仕事

のまどさん、こんにちは。

「関東全域の路線図をイラスト化・・・」
聞いただけでたいへんなご苦労だったことが想像されます。
そして後にTVでその仕事を再び目にして感激する、
そのお気持ち、よーくわかると同時に、ある意味示唆的です。
デザイン、イラストなどマスコミの仕事というのは「今」がすべてです。
疾走して現在と格闘し、花火を上げる、
その仕事は見終わった瞬間に消え去っていく。
それでも良いのかもしれません。
でも絵画は同じように画家が現在と格闘しても
世界の誰かが心底気に入ってくれれば、ずっと残っていく可能性があります。
いつか、どこかの誰かの胸を大きく揺さぶるかもしれません。
画家は孤独な仕事ですが、そういうロマンみたいなものが信じられそうな世界です。

Edit | Reply | 
Sat
2011.11.26
04:48

ぱんどる #-

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Re: 油絵以外:東急ハンズの仕事

良い記事ですね~胸が熱くなりました!
のまどさんもそうですが、お二人はクリエイターなんですね~
大変素敵な夢の仕事
絵を描くということは、完全に個人だけの仕事ですが
kのデザインの仕事は、「総合」です。比較のしようがありませんが
私には出来ない仕事ですね~
どちらにせよ したことが無いですが^^;
意味不明ながちゃがちゃ機械が動き出す その動力が伝わろうとする瞬間
が 見ているものを夢の世界へ導き わくわくします。

それを夢にしないで表現するのがクリエイターですね~
それを 総合で(先端知恵の集合体)表現していく
憧れちゃうなぁ~^^
最近は、絵を売る奴は インチキ絵描きと思うようになって
困っとります。
やっぱ、売り歩くと駄目になるものです。

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Sat
2011.11.26
02:30

のまど #-

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Re: 油絵以外:東急ハンズの仕事

私は80年代初期に上京しましたが、デパートにある高額商品にはあまり縁が無かったです、、でも東急ハンズが出来た頃はウキウキして何度も通ったものです。

今では大型日曜大工店は日本全国にありますが、ハンズはもっとアート寄りで売るだけでなく情報の発信源的な存在でした。

そんな店の広告塔と言うべきお仕事をされてたのですね~凄いです。
描かれたスケッチも活き活きとして良いお仕事をされたのが伝わってきます。

最近次男がエッシャーの永久機関に興味を持っています。
後でタブロウさんのお仕事を見せてやろうと思います。

私も渋谷のデザイン事務所で東急不動産の仕事を少しした経験があります。
関東全域の路線図をイラスト化を任されたのですが、土地勘が無く苦労しました。
ある日深夜テレビのCMを見てたら、そのイラストが出てきて感激した想い出があります。

それを最後にデザインを辞め油彩の道に入って行くのですが。。。

渋谷のあたりも少し懐かしいです。

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