歌謡曲の可能性

 26, 2012 02:44
1969

NHKのSONGSに昨年アメリカで大ブレイクした由紀さおりが出演していた。
まさにアメリカンドリームを地で行くような幸運が重なったとはいえ
あのような実力と美貌を兼ね備えたひとにアメリカでスポットが当たって
最近しょぼくれてばかりの日本人の一人としては、なんとも誇らしい。
今回はアメリカ人のプロデューサーの言いなりだったために
やや「?」の選曲だったアルバム「1969」(何でこんな地味なカバーなのだろう)は
由紀サイドから提案した曲はすべてダメ出しされたそうで
全ての曲目はマルティーニ氏の好みによるものだ。
「手紙」が入らなかったのもそのせいであれば、
ベタ演歌で始まって他人の曲ばかり歌っているのも同じ理由からだ。

我々世代にとって彼女はドリフの「8時だよ全員集合」の常連で、
すばらしいコメディエンヌとしての印象が強いが
デビュー40年を超えてあの歌唱力、番組VTRで見た二十歳の頃と変わらぬ歌声には驚嘆する。
最も感動的だったのは、米国ジャズの殿堂、タウン・ホールで
大ヒットしたアルバム同様日本の歌謡曲、洋楽のカバー含め、
すべて日本語で歌い、途中デュエットするアメリカ人歌手さえも日本語で歌っていたこと。
日本の曲だけならわかるが、PPMやボサノバの曲まで訳詞で歌い、観客を感動させていた。
ある観客はPPMの曲は日本語の方がいいとまで言っていた。
これまで海外進出しようとした日本人ミュージシャンの努力を思えば考えられないことだ。
これまで考えもしなかったけれど、メロディに乗せられた日本語というのは、
外国人にとっては思いのほか美しいひびきがあるのかもしれない。
・・・・

年末の紅白歌合戦を見なくなって久しいが、昨年年末は久しぶりに家族でフルで見た。
でも昔はどこの家族もみていたものだ。
日曜日のサザエさんで週末日曜日の終わりを実感するのと同様、
紅白歌合戦で年の終わりを迎えたものだ。
記憶もかすむ子どもの頃のこと、1969年の紅白は不思議に印象に残っている。
番組最後の「蛍の光」を出演者皆で歌いながら、いしだあゆみらが泣いていた映像には
子供心に「60年代が終わる」という感傷的な空気を感じていた。
当時の大人に「60年代が終わる」「新しい70年代がやってくる」という感慨は
いったいどんなふうだったのだろう。
映画「三丁目の夕日」で見るまでもなく、楽しかった60年代、きっと明るい70年代、
そういう感慨と期待に胸一杯だったのではないだろうか。

よく言われることだけれど、昭和50年代頃までの日本のヒット曲というのは
今タイトルだけ聞いてもみな覚えているし、曲が流れれば口ずさむことができる。
それも当時の子どもだった世代から老人まで、皆が覚えている。
娯楽に多様性がなく、皆歌謡曲を聴いていたからだろうか。
覚えやすく、優しく美しいメロディは日本の歌謡曲に再評価が必要な気がする。
私は今回の由紀さおりが一過性の企画もので終わらなければ、
歌謡曲はかつて黄金期の日本映画と同様の、
世界標準のジャパンコンテンツになるのではないかと期待を込めて思っている。
世界中の映画人は若い世代でさえ最も優れた監督として
今も小津安二郎や黒澤明を筆頭に挙げているものが多い。
かつての小津やクロサワは筒美京平やいずみたく、都倉俊一にあたるかもしれない。
ネットで検索してみれば出てくる、今となっては懐メロとなっている60年代70年代の彼らの曲は
今も簡単に口ずさめるほど覚えやすい曲ばかりだ。
なによりメロディが美しく優しい。
演歌の流れや当時アメリカから入ってきたフォークの影響を受けている部分があるとはいえ、
今のJ-POPほどアメリカの影響をもろに受けてはいない。
日本のオリジナルに近い歌謡曲というのはそれだけに、J-POPにはない可能性を感じる。

上で書いたように、曲に乗った日本語は英語より美しい場合も多い。
しかし今、よく聞き取れる日本語で歌われている曲は(演歌を除き)本当に少ない。
うちのセガレたちも好きなGReeeeNが比較的広い世代に支持されてるのは
聞き取れる日本語の歌詞で歌われているところが大きいのではないだろうか。
かつてのフォークやニューミュージック、ロックを含め70年代の楽曲をあらためて聴くと
横文字アルファベットの歌詞が少ないことに驚く。
デモや学生運動の時代、音楽がメッセージを伝える手段だったこともあるけれど
歌詞が飾りになっておらず、ストレートに頭に入ってくる。

私も例に漏れず、小さい時には歌謡曲に親しんでいたものの、
色気がつく頃には洋楽にはまる。歌謡曲をバカにする。
洋楽の日本にはない楽曲、パワーにあこがれ、何とかあの世界を自分のものにできないかと、
ギターをかき鳴らす。タイコをたたく。
しかし年を経て今振り返って聴いてみて思うのだ、
あの優しいメロディの連発は、やはり天才の手によるものだろうと。
絵画で言えば、私は長く欧米の歴代巨匠の画に惹きつけられてきたが、
ここにきて日本人画家(おもに大正、昭和初期)の作品にどうも惹かれる。
こちらは浮世絵以外は今後も世界の注目を浴びることはないと思うが、
やはりかがやく才能の作り出したものだと、つくづく思う。

話を戻して、この時代(60~70年代)のものは音楽に限らず
デザインやあらゆるものがやさしい気配に満ちていた気がする。
慌ただしかっただろうが、ああいう時代の優しさが今の日本やとくにアメリカには必要だと、
「夜明けのスキャット」を聴いた後にニュースを見ていて、痛切に思う。

 (※番組は1月31日に再放送予定。)
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