木村伊兵衛のパリ

 31, 2012 00:29
木村伊兵衛-1

日曜美術館で木村伊兵衛を取り上げていた。
それも一冊の写真集「木村伊兵衛のパリ」(2006年、朝日新聞社刊)のみを取り上げた
珍しい番組だった。
朝日新聞社の写真集「木村伊兵衛のパリ」は、
元々1974年にのら社から「木村伊兵衛写真集 パリ」として出版されていた。
私が愛蔵しているのはその「のら社」版だ。
今では写真集などでは使用されないようなややざらっとした紙に印刷され、
国産カラーフイルム黎明期の淡い色調によってパリのかつての姿を見ることができる。

ここに収められた写真を今見ると我々日本人よりも
彼の地フランス人にとってこそ、より大きな驚きを感じるのではないだろうか。
アジェやブレッソンが撮り得なかった、そして撮り残した、
最もパリらしいパリがここにあるように思う。
私にとって最もパリを感じる画はユトリロ、あるいはマルケの作品だが
同じようなことを写真で言うならば、それは木村伊兵衛の写真集「パリ」なのである。
・・・・

現在の朝日新聞版(2006年刊)は木村の弟子の田沼武能らが監修していて、
写真のチョイスも少し異なる。
色ものら社版と比べてずっと濃く鮮やかで、それはそれで美しくはある。
どちらも写真家の没後に出版されたが、1974年に木村がなくなっているので、
ひょっとしたらのら社版は晩年、編集や写真のセレクトに本人が目を通したかもしれない。
パリが好きな人にはため息の出るこの写真集は、
1954、55、60年にフイルム会社の要請によって三度パリを訪れて撮影されたものだ。
国産初のカラーフイルムの検証をかねた撮影旅行は当初木村本人は乗り気でなかったそうだが
ひとたび彼の地でライカを手にすれば、日本での撮影と全く変わらぬ
軽快でシャッターチャンスを逃さない職人技はさえまくり、このような珠玉の写真集を残した。

木村伊兵衛-2

写真家というのはモノクロームで撮りたがるから、
カラーの古い写真は意外に良いものが残っていない。
アジェの撮ったパリはそれより50年ほど前のパリであるが、
当然モノクロームで人はほとんど写っていない。
撮影の依頼が図書館だったこともあってかなり資料的であり
少なくとも我々日本人には感情移入しにくい写真だ。
木村がそこで最初に訪ねた世界的写真家、ブレッソンが撮るパリというのも
私にはあまりに劇的で、むしろ「作られた」印象が強い。
ブレッソンが木村の撮影ガイドを自ら頼んだR・ドアノーのほうが
(自身が撮影した界隈に重なることもあって)木村の写真にずっと近いものを感じる。
わずか50本の試作カラーフイルムとライカを手に、
異邦人の視点で限られた滞在期間のうちに切り取ったパリの日常だと考えると、
実は案内したフランスの巨匠たちが一番驚いたのではなかったろうか。

かつての街が持っていた深い郷愁を
日本人写真家の撮った古い写真に感じるのは何故なのか。
同時に番組で見せていた、木村伊兵衛が撮った場所と同じ今の景色を見ると
「変わらない」と思われているパリの街はわずか50年ほどの間に
これほど変わってしまったのかと驚く。

木村伊兵衛-7
木村伊兵衛-5

私が初めてパリを訪れた時、建物の壁の印象だろうか、
「(グレーに近い)白い街」という印象を受けた。
ところがここにある街の壁は決して白ではない。
ユトリロの絵の中にあるさまざまなマチエールを持った壁が
この頃はまだ存在していたのだとわかる。

木村伊兵衛-8

木村伊兵衛は行ったことのない欧州のパリの街を、一体自分が撮れるのかと迷ったという。
そういう迷いがまったく感じられないほど、
この写真集にあるパリは街も人も「あるがまま」を感じさせる。

木村伊兵衛-3のら社版
木村伊兵衛_朝日-1朝日新聞社版

写真はパリの朝に始まり、夕暮れ時に終わる。
同時にさまざまな年代と職業の人物にカメラを向けてパリジャンの日常だけでなく
彼・彼女らの一生、人生をもとらえている。

 感度がASA10という極端な低感度であったため、夜の撮影は無理だったのかもしれない。
 ストロボを使用してのスナップ撮影はこの写真家のスタイルとは異なる仕上がりになる。


木村伊兵衛-4

木村伊兵衛のパリを見ていると、かつて旅で訪れたパリの街を
自分は絵筆で残してみたいという気になってくる。
自分が生きる国ではないけれど、かつて確かに自分の目の前にあり、感動した街。
その街は美しいと同時に人なつっこく、
ずいぶん新しくなった街にさえ、あちらこちらに郷愁があふれていた。
ここに記録されたパリは今はもう見られない。
同時に、それを残した写真家も、そしてここに映っているほとんどの人々も
今はもういないだろう。
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Tag:木村伊兵衛

COMMENT 3

Thu
2012.02.02
11:57

タブロウ #3h4yWL0g

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Re: 木村伊兵衛のパリ

「通りすがり」さんへ
こちらこそありがとうございます。いただいたのは短いコメントですが、心は長く温まりそうです。

Edit | Reply | 
Wed
2012.02.01
12:18

タブロウ #3h4yWL0g

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Re: 木村伊兵衛のパリ

こんにちは。
野窓さんは在仏ですからよくご存じですね。
観光地はあまり変わらないようですね。
番組の現地での比較では、生活圏のある場所や下町なんかがいちばん変わってしまっているようです。
ヨーロッパ系の人しか写ってない、というのもなるほどその通りですね。
海外旅行などアメリカ人くらいしか目につかなかったのではないでしょうか。
一方、日本はどうかというと、
50年代との比較ではまったく別の街と言えるでしょうね。

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Wed
2012.02.01
01:51

野窓 #-

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Re: 木村伊兵衛のパリ

日本の街並みよりは変化が無いとは言え、巴里も少しずつ変化をしてるのですね。

この写真を見てるとフジタの版画に出てくる下町の情景と重なりました。

チュルリー公園のライオン像とコンコルド広場は全く変化が無いですね。
この脇に無料で駐車できるデットスペース(違法)がありウチもよく利用します^^;。


一番感じたのは人々がヨーロッパ系の人しか写ってない事です。
今のパリの下町は外国人ばかりですから、、。

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