ブリヂストン美術館にて ~「セーヌの流れに沿って展」~

 20, 2010 01:04
「セーヌの流れに沿って」展

仕事で出かけたついでに展覧会によった。
思いがけず、昔から好きなマルケの作品が展示されていたのはうれしかった。

日本の民営美術館で、ここブリヂストン美術館
日本はもちろん、世界でも屈指の質を誇る。
国内で単独の美術館のコレクションで巡回展を組めるのはここだけだ。
ここ以外にも日本には民間でいい美術館はいくつもあり、公立美術館なんかでも財源が苦しい中、
質の高いコレクションを持っているところが多い。
日本の美術に対する文化レベルを誇っていいと思う。
残念なのはこれほど美術ファン人口が多いのに
絵を飾るべき住宅はいつまでたっても「絵を飾る」環境には追いつかない。
アートパネルを飾るようなクールな室内デザインばかりになったのも
タブロー需要減少に拍車をかける。
趣味というのは実際、身銭を切らないとなかなか目が肥えるものではない。
当然、川上にいる職業画家という存在も成り立たちにくいことになる。
さて「セーヌの流れに沿って」という、いかにも、のタイトルだが
内容はとてもよかった。
展示品が国内の収蔵品から選ばれているのも工夫だと思う。
国内といっても先に書いたように質は十分高く、そのおかげで入場料は安い。
印象派の作品に既視感を感じたのは、赤瀬川源平の本(「日本にある世界の名画入門」)
で見ていたからだと、すぐわかった。
この本だけでなく、赤瀬川さんの美術関係本は視点が独特で
文章も上手い(芥川賞も受賞している)ので、読みやすく面白い。

展示は印象派巨匠の作品と、
当時フランスの留学先で描いた日本人画家達の作品、
という組み合わせが面白い。
「セーヌ河」「パリ」「印象派」
今ではこそばゆく照れてしまうしかないこれらパリのアイコンも
百年以上前に日本人としてパリを訪れた最初の世代には夢のような地だったろう。
私自身は21世紀目前、30歳になろうというときに初めて訪れたのだった。
その日両替をしにメトロのシャンゼリゼ駅で降りた私は、階段で地上へ出た。
振り返ったとき、唐突に目の前に現れたのは真っ白な凱旋門。
あるべきことを全く予想しておらず、しばし立ちすくんだ。
かつて見た印象派の数々の絵が胸をよぎり
「今そのパリの街に立っている」という感動に包まれた、
というようなことを思い出した。

この展覧会でちょっとうれしかったのは
マルケの作品が4つも展示されていたことだ。
マルケは日本では地味な画家だが、
パリ、とくにセーヌを描いて彼ほど郷愁を感じさせる画家はいない。
パリにいるときは振り向くことさえなかった若い画家が
しばらく離れていてここへ帰ってきたとき、
ため息と共にノスタルジーを感じる、そういう画家だと岡鹿之助が書いていた。
実は私が(ゴッホなど教科書に載っている画家は別です)初めて知った画家が
このアルベール・マルケ(Albert Marquet 1875-1947)だった。
1974年に母はそのマルケ展に友人と行き、何枚かの絵はがきを買ってきた。
その中にあった「ポンヌフとサマリテーヌ」の昼と夜の作品がなぜか気に入り、
飽かず毎日眺めていたのだった。
下の絵は同じものではないが、今回出品されている同じ画題の作品だ。
マルケ_01

それ以降、日本で大きなマルケ展は1991年の一度くらいしか行われていない。
しかし地味に見えるマルケだが、本当に上手いと思う。
クロッキーの巧さから、フランスではパリの北斎ともいわれていたが
油彩のタッチを見ても上手く迷いがない。さらに色彩がすばらしい。
こんなに大きなタッチで描かれているのに
その場の空気の匂いがしそうなほど臨場感がある。
画面を埋めるタッチは少なく、極端なものになると、
タッチの数を数えられるくらいだ。
しかもそのタッチの一つ一つが最も必要な場所に、最適の色彩が置かれている。
まったくうらやましいデッサン力である。
ピサロなどに比べれば余裕しゃくしゃくに見える。
さらに、マルケは風景画家として有名だが、
すばらしい裸婦作品も残している。
これら、マルケ作品は日本ではなかなか見ることができる機会が少なく、
手に入る画集も少ない(海外でも)。
おすすめは1974年と1991年の日本のマルケ展図録で
とくに1991年のものが収録作品数やプライベートの資料写真が多く、印刷もいい。
ネットオークションにも時々出ていて入手は比較的容易だ。
海外のものだと「From Fauvism to Impressionism: Albert Marquet
David F. Setford (ペーパーバック - 2002/2/9)」
Amazonで入手可能。
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Tag:マルケ ブリヂストン美術館 ブリジストン美術館

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