「シェイカー通りの人びと」プロベンセン夫妻の絵本

 13, 2012 13:25
アメリカのアリス&マーチン・プロヴェンセン(Alice and Martin Provensen)という、絵本作家がいる。
文章も書くが、いくつもの画のスタイルを持っていて、
そのどれもが最高のレベルに完成されている。
大変な力量を持つ作家だが、夫婦二人で紡ぎ出す宝石のような数多くの絵本は
みな淡々として大げさなところは少しもない。
そのプロヴェンセン夫妻の本の中で、私が最も好きなのが
「シェイカー通りの人びと」だ。(ほるぷ出版╱残念ながら現在絶版)
シェイカー通り-1
・・・・

ある片田舎の道路沿いに、少しずつ人が住み始めた。
ただの「道」は「通り」になり、やがて「町」になる。
そこに住む人びとのことを「シェイカー通りの人びと」と言った。
人びとは皆、気ままに生きる貧乏人ばかりだったが、
みんなが、時にはケンカをしながらも、助け合って暮らしていた。

なかでももっとも気ままなのが、ヴァン・スループじいさんである。
書かれてはいないが画から察するに、彼は「これはいい」と思ってひろってきたものを
家の前に並べて骨董として売っているようだ。
彼と一緒に暮らしているたくさんの犬たちも、どこからか拾ってきたのか。
じいさんは「あつまってきちゃうんだよ」という。
骨董はどう見ても売れていないようだけれど、
ヴァン・スループじいさんはいたってマイペースである。

作者は29ページしかない本の半分以上を割いて、この気ままな人びとを丁寧に紹介している。
画の中では彼らは皆こちらを向いていて、まるでポートレートのように描かれている。
これらの風景、肖像が、実に古きアメリカの香りがする。

この町にもやがてダム建設という開発の波がやってくる。
気ままな人びとは執着も薄い。
ひとり去り、ふたり去り、みんな去って、ダムの工事は始まった。
あの人びとの住んだ町は水に沈み、新たにできた水辺の住宅地には
新しい住人が移ってきた。
作者は「みなさんのよく知っているあの人たちはもういない」と言い、
身なりも正しく清潔だが、それらの退屈な新しい住人にものがたりの人格を与えない。

あの気ままな人びとがみんな去ってしまったあと、
ヴァン・スループじいさんだけが、まだそこに住んでいた。
じいさんは今度はダムに浮かべたボートに、犬やにわとりや、やぎたちと暮らしていた。
「水もいいもんだよ」
そう言って、シェイカー通りのお話は終わる。
シェイカー通り_2(住んでみたい素敵なボート)

どう考えても子ども向きではないこの本が、私は好きでたまらない。
訳者の江國香織も惚れ込んで出版社に掛け合い、出版にこぎ着けたが
やはり売れなかったのだろう、今は絶版である。

老人の最後の言葉がものがたりの余韻を長く残す。
これはアメリカの、片田舎が開発の波にのまれるという、いわばどこにでもあるお話し。
そこに登場する、気ままに生きるおじいさんは、
暗くなるはずの物語にぽっと明かりを灯すユーモアのロウソクになっている。
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Tag:Alice and Martin Provensen

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