矛盾の国、ニッポン

 10, 2012 12:00
震災後の相反する矛盾した声は同じところに存在する。
一つ前に書いたBlogの、被災地に必要なものは?と聞く声と、
がれき処理依頼にNOという声もそうであり、
節電を求める社会の中で電気自動車が「エコ」だというのも最たるものだ。
電気自動車がどうしてエコなのだろうか。

また、原発事故の収束も検証も何もできていないのに、
再び核発電のスイッチを押すのもやむなしとTVで言っている。
私は新聞は日経を購読しているが、震災後社会面1/2面を割いて
震災と原発事故後の被災地の報道を毎日継続して続けている。
これはTV民放にはマネのできない新聞ならではのことである。
しかし別の紙面には原発再稼動を前提とした論陣を張っている。
読者(国民)とスポンサー(経団連)両者に向けてアリバイを作っているのであり、
社会の矛盾を突くことが最大の使命のはずの報道がこれでは
日本がおかしくなるのも無理もない。
海外から日本の新聞記者の姿勢には、すでに「あきれたレベル」との評価がされている。
震災から日本が学んだことはせいぜい食糧の備蓄をもう少し多く、
そして「津波が来ない、高いところに住みましょう」くらいなのか。。なんとも稚拙だ。
・・・・

震災とはあまり関係ないが、
日本経済は中国なしでは今や成り立たないのに、
ことあるたびに中国を敵国のように報道するのはどうしてなのか。
大戦前までは千年前から中国は日本の師であり、
それは美術の世界でもそうだった。
今の表面的な軽薄な中国文化を見て中国全てを判断するのは
本質を誤るのではないだろうか。
そう判断する報道があっても構わないが、反対の意見がまったく出てこないのも異様だ。

ずいぶん前から日本は「海外へ出て、世界で通用する国」にならねば、と言われてきたが
本質的な意識は今も世界の孤島で生きているのであり、
明治大正期の戦前の日本人の方がよっぽど世界に通用していたと思われる。

公約を平然と反故にした行動に「政治生命」をかける政治家、
順番は後になったが、
人災と言われているのに誰ひとり責任をとらず、執拗な追求もされない今回の原発事故。
数え上げればきりがない。

震災は原発事故だけではない。
しかし私なんかにも原発についてなら、はっきりと答えることができる。
核発電、原発についてはただ二つの理由において私は反対の立場を取らざるを得ない。
・誰かの犠牲の上にしか原発の立地、運営はできないこと。
 その犠牲はいつも経済弱者が負い、快適な生活を享受するのは
 そこから離れた我々都市部の住人であること。
・地球上で最も毒性が高く危険な使用済み核燃料は原発を動かせば、増え続けるしかなく、
 しかも無害化は不可能なので、今は過疎地の地下にしまい込むしかない。
 今後10万年とも100万年とも言われる間、冷やし、厳格に管理していかねばならないのである。
 これは等しく全人類が永遠に負い続けなければならない最悪のリスクである。

今日この日から全世界で原発をやめるべき理由は、たったこの二つで十分だと思うのだけれど
それをしない理由がこの世界にはあるというのがどうしても理解できない。
そしてそれを動かせといっている人びとはどうみても
あと30年もすればこの世にはいないと思われる年齢であるのが、
たちの悪いジョークに思える。
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COMMENT 2

Sun
2012.03.11
00:56

タブロウ #3h4yWL0g

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Re: 矛盾の国、ニッポン

のまどさん、こんばんは。

「ふるさとは遠きにありて・・」といいます。
私の実弟も歯科技工士として長くアメリカにいました。
帰国した今よりその時の方が、今よりずっと日本にアンテナが向いていたように思います。
遠くにいて今の日本の姿はさぞ歯がゆく残念でしょうね。
私はただ遠吠えするだけですが、優秀なご子息の活躍を期待しています。

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Sat
2012.03.10
19:59

のまど #-

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Re: 矛盾の国、ニッポン

私らみたいに年がら年中、私服で仕事してる者からしたらネクタイして都心で働いてる方達は日本を背負ってるエライ人だと思ってました。
しかし震災後はその考えが変わりました。
エライ人だと思ってた官僚、原子力の重鎮、大学の名誉教授のお偉方、皆とは言いませんがデタラメだらけの人々です。
東電は飛散した放射能物質は『無主物』という聞き慣れない言葉で自分達に責任は無いと主張して、裁判所もそれに近い考え方だそうです。

こんなイカサマ国家で、どう子供達を育てて行けば良いのか?

誰も責任を取らず裁かれない、自浄作用の失ったこの国に将来と言う言葉があるのか、暗澹たる思いがします。

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