日曜は日曜美術館へ

 06, 2012 02:52
日曜美術館タイトル

すべて見ているわけでもないけれど、
昔からNHKの日曜美術館を見るのは休日の楽しみの一つだ。
この番組で自分が初めて知る画家も多い。
自分自身にもっともなじみがあり、通い続ける美術館だと言っても良いかもしれない。
上の画像は、先日再放送された1981年頃の番組タイトルで、
テーマ曲ともあわせてため息が出るほど懐かしかった。
1981年当時の番組は、今に比べて似ているようでもずっと落ち着きがあり、
番組の構成にも品があって安心してみていられたように思う。
こういう番組も時代と共に変わってゆく必要があるのだろうか。
20歳頃、はじめて家を出て生活を始めたとき、部屋にはTVがなかった。
日曜の朝はこの番組を見るために洗濯をかねて
TVが置いてある近所のコインランドリーへ出かけるのが常だった。
しかし運悪く誰か先に来ていて別の番組なんかを見ていたらその週は見られないことになり、
しょぼくれて部屋に引き返したこともあった。


先日は今も続くこの番組で青森の洋画家常田健をとりあげていた。
この画家も番組で初めて知った画家だ。
常田健は若い日に一度は東京に出たものの生まれた青森に戻り、
りんごを育てる畑仕事を続けながら世間に発表することもなく、ひたすらひとりで描き続けた。
90歳間近になったとき、東京の画廊主から強く請われて初の個展を開いたことから注目を集め、
急逝した2000年前後には展覧会、画集出版、マスコミの取材など、
一躍陽の当たる場所に出ることになった。
しかし画家の急逝により、初の公立美術館での展覧会は同時に初の回顧展になってしまった。

それから12年経ってふたたび日曜美術館で光を当てたわけだが、
コメンテーターに画家の生きた世界とは真逆の広告業界にいる人物を据えていた。
対比として面白いと思っての企画だろうが、
その人物と近い業界にいる私は「大丈夫だろうか」と思って見ていた。
NHKとは同局の番組の司会経験やゲスト出演などしてきたパイプの太さを買っての起用だろうが、
世の評価とは一切関わりのないところで描き続けた画家を
企業に何らかの価値をもたらすために生きる人間に語らせることに、
一体どんな意味があるのだろうか。
NHKは最近よくこういうキャスティングをする。

最初のうち控えめに発言していた彼は、比較的安心して見ていられた。
スタジオに戻って彼は常田の代表作を紹介しながら次第に熱が入り、
「この作品は、今すぐにロックのCDジャケットに使える」と聞いた時、はっとした。
先日ここに書いたばかりの、辺見庸が資本と最も対極にあるはずのジャコメッリの作品をさして
「この映像は即日CM写真としてつかえる可能性がある。(中略)
 じっさいに使用を考える者がでてきてもおかしくない、と私はおもっている。」
と書いてたことが思い出されたのだった。
CMディレクターの「CDジャケットに使える」という発言を聞いた時、
同じ業界の末端にいる自分は冷や水を浴びる思いをした。
画家は
「東京から(青森に)帰って、百姓になり、なりきって、
 しかも絵を捨てきれませんでした」と語った。
こういう切実な生から生まれたものを、
我々のようなちんどん業界のレベルに引きずりおろして語ってはいけない、
それがわかっていないといけないと私は思うのだが。。
画家はすでにこの世におらず、それを望むかどうかの了解を得る術さえないなら
なおさら分をわきまえ、あえて控えるのが制作者の良心ではないのだろうか。
誤解を招きそうだけれど、CDジャケットにアート作品を使うのがよくないのではない、
CMディレクターが「これは使えそうだ」と思うことに違和感があるのだ。


その2〜3日あとのこと、2009年に亡くなった忌野清志郎の命日にあわせ、
夜中のBSでいくつかの追悼特番を流していた。
そのうち、彼がゴッホ作品をたずねるというアーカイブ番組を見たが
清志郎はもともと画家志望で、ゴッホのファンであったばかりでなく、
実際、若い時にはゴッホばりの作品を多く描いていたことを初めて知った。
(ちなみに私は彼のCDを数枚持っていた程度の薄いファンである。)
番組で訪ねたのは、当時国内を巡回していたゴッホとミレーの展覧会と
新宿東郷青児美術館に常設展示されている「ひまわり」だった。
言わずもがなこれは、バブル期に日本が有り余るキャッシュを使って購入した、最大の美術品だ。
美術史上の至宝のアジアへの流出に、当時の欧米諸国はさぞ無念な思いをしたのではないだろうか。
かつて日本は、ゴッホがアルルで描いた6点のひまわりのうち、
戦前にも一点を所有していながら(戦災とはいえ)焼失してしまった前科がある。

話を戻して、清志郎は予想したよりもずっと静かに、慎重にコメントをしていた。
彼はこの番組で初めて直接ゴッホの作品に接したと思うが、
作品を前にしては非常に謙虚だった。
そしてミレーとゴッホのいくつかの作品を見て、意外にもまずミレーのすごさに感動してしまう。
ゴッホの意外に多い駄作を指摘していたことも印象的だった。
実際に駄作であったかどうかは別にして、
熱烈なファンでありながら、初めて直接ゴッホ作品に接して浮き足立ったところが少しもなく、
「たぶんこうなんだろう」と思っていながら、しかし実際の発言はかなり抑制している。
岩手で見たゴッホに彼はいささかがっかりした様子を隠さなかった一方、
東京で見た「ひまわり」にはかなり圧倒されていたようだ。
しかし私にはゴッホよりも、清志郎の画を前にしての態度とコメントが記憶に残った番組だった。

清志郎とゴッホ

もの作りにたずさわる人間は大勢いる。
そこの世界にいる人間は根っこは誰も同じだと思いたいが、
どうもそうではないと思った、そんなGWの日だった。
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COMMENT 2

Sat
2012.05.12
01:10

タブロウ #3h4yWL0g

URL

のまどさん、こんばんは。

グラフィックの世界ではいいデザイン、イラストの評価は需要が決めることなので、
一生評価が決まらないということはまずありません。
そしていい評価はありがたいことに生活の潤いに直結したりもします。
でも絵描きの世界ではいい画、傑作が生前認められないことはままあり、
仮に認められても生活は厳しいままだったりすることの方がずっと多い。
さらにいい画というのが誰もがわかるわけではない。
わかるだけでも難しいこともあるのに、それを手でつくることの難しさたるや。。
私は幸か不幸かその両方に足を突っ込んでいますが、
だからこそ「デザインも難しいけれども、画は〈見ることができる〉のにさえ時間と才能が必要」で、
さらに言えば、「よい絵描きは人生そのものが尊い」と思うのです。
まあ、こういうことを言ったり書いたりするのが一番簡単なんですね。

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Fri
2012.05.11
18:45

のまど #-

URL

タブロウさん、こんにちは。

タブロウさんの目線は何を視ていても核心に近い部分を持っていらっしゃる。

私も20代の初期のほんの短い期間でしたが都内の中堅と個人のデザイナー事務所に在籍していました。

商業美術と言うのは応用とアレンジの世界だと思いました。
現在ある素材をどの様に調理して大衆に見せるか、それは一途に自分の世界観の中で仕事をしている所謂芸術家の仕事とは対極の仕事だと思います。

純粋芸術(この言葉はあまり好きでは無いですが、、)の世界で早くから成功してる作家はデザイナー出身の方が多いです、やはり社会に対するプレゼンテーションの仕方が身についてるんでしょう。。

ただ本物の画家の絵はそんな小手先の世界が悲しくなるような大きな世界感で私達に迫って来るのも本当です。

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