たみの末端にて

 07, 2012 01:28
No more Fukushima

意志を示そうにも間近に選挙はなく、
あったとしても選択肢がないことの無念。
難しいことは言わないし言えもしないが、
民主主義の「民主」の意とは、「たみがあるじ」ではないのだろうか。
国の舵を取りそうな団体は皆、民の望むこととは反対のことをやる、と平気でいう。
自分たちを「たみのあるじ」だと思いこんでいる。
そういう中で日本人が国に意志を示す方法は、もうデモしか残されていないのかもしれない。
何も変わらないだろう、という声なき声は多く、実際圧倒的に多いだろう。
しかし望まないことを「やすやすと」やられて、それでいいのかという気持ちもある。
要は、自分はこの日本で今生きているのか、そういうことだと。
スポンサーサイト

COMMENT 0

WHAT'S NEW?