旧ソ連の軍用時計

 25, 2012 14:24
ソ連軍用時計


今この年齢になってみると、
まわりに海外旅行の経験のない人よりある人の方がずっと多くなった。
私は今も旅の話をし出すと止まらなくなる。
しかしいい気になって海外の旅についてべらべら話していいものかどうか、憚られる時がある。
私が20代、まだ日本から一歩も外へ出たことがなく、安月給で日々の生活をやりくりしていた頃には、
仕事場の友人知人たちが海外旅行の話を楽しそうにするのを聞いては
ひどく寂しい思いをした経験があったからだ。

藤子不二雄が漫画家になって活躍するまでの自伝的な「まんが道」という作品がある。
昔、物語のトキワ荘時代の部分がドラマ化されて人気を博したこともある。
二人は少年時代から大の映画ファンで、
ある日のこと、洋画のある場面を見ながら涙が止まらなくなる。
「外国のこの美しい風景を、(田舎でまんがを描いている)自分たちは一生この目で見ることはできないのだ」
そう思うと涙が出て止まらなくなったのだった。
二人のつらい気持ちは当時の私にも重なったのである。
私の時代はすでにグアムなど国内のような認識だったが、かつて海外旅行は誰でもが行けるものではなかった。
誰でも行けるようになってみると、今度は行きたくない若者が増えてきたのは皮肉なものだ。
私なんかにとって海外はいまだに好奇心と冒険心の対象の地でありつづけている。

それから月日は流れて、
私にもいよいよ海外を旅する機会がやってきたのは20代おわりの1991年だった。
3カ月半の旅の途中で私は30才に、当時のソ連は崩壊してロシアへと変わってしまった。
そのソ連は私がはじめて訪れた日本以外の国だった。
旅の最初にソ連を選んだのはシベリア鉄道に乗りたかったからだ。
小学校の時に持っていた地球儀に書いてあった唯一の鉄道であり、それは地球規模の壮大な建造物だった。
その頃からいつか乗ってみたいと、密かに思っていたのだった。

横浜を出港してナホトカ行きの船で一緒になった和菓子職人と
諸処の事情からハバロフスクの街で白タクに同乗する事になった。
その車の中で、運転する若いロシア人カップルから2500円(日本円)でソ連の軍用時計を買った。
ケースはメッキのスチール、前面はガラスかと思ったらプラスチック製で防水でさえないようだ。
すぐにほつれてくる革のバンドにはこれもプラスチック製の小さなコンパスがついているが
何かの拍子に磁針が軸から脱落してしまった。
ツンドラの地で兵士の生死を分ける大事な機能は、このようにたやすく失われてしまったのである。
さらに最初バッグの中におみやげ用としてしまい込んでいたが、一度使ってみようと取り出してみたら
手巻きの機械時計は巻いた翌日には止まっていた。
たった一日で止まってしまう時計は壊れているとしか思えず、
他のおみやげと共に後日スペインかどこかから日本へ送ってそれきり忘れていた。

それから何年かして(もちろん日本へ帰国して)ふと見ていたNHKの番組。
今枝弘一氏だったか、ペレストロイカ以後のソ連とロシアを取材したカメラマンが出ていた。
取材のエピソードを語るうち、その取材旅行での思い出の品を紹介し始めた。
すると私があの日買った時計によく似た腕時計が出てきた。
「これは旧ソ連製の軍用時計で、何かの記念に国家から贈られたものをロシア人からもらったのだが
 一杯まで巻いても一日しか動かないのです」

一日しか動かない手巻き時計。
私があの時若いカップルから買った時計は実は壊れていなかったのだ。

ケータイを持つようになって、時計の必要性は日々薄れているが
今に至っても、ペットのように毎日竜頭を巻かなくてはならないこの白い文字盤のソ連製時計は
私のお気に入りの時計として今も左腕にある。
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Tag:時計

COMMENT 2

Sun
2012.07.29
00:54

タブロウ #3h4yWL0g

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のまどさん、こんばんは。
メーカーなどすっかり忘れてましたが、
今調べてみたら、おっしゃっているように
メーカーはVOSTOK(ボストーク)のコマンダスキーというクラシックシリーズになるようです。
当時はハンズなどで10倍くらいの価格で売られていましたが、
その後大量に国内に入ってくるようになって安価で入手できるようになりました。
映画「レッドブル」でシュワルツネッガー扮するロシア人将校と
J・ベルーシ扮するアメリカ人刑事が別れのラストシーン、
友情の証にお互いの時計を交換するのをベルーシがためらったのも無理はありません。
ロシア人はこの時計、アメリカ人のはロレックスか何かの高級時計でした。

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Sat
2012.07.28
04:36

のまど #-

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こんにちは。
タブロウさんのブログで腕時計の話題が出てくるとは思いませんでした。

実は私も時計好きで、、勿論高級なブランド品には遠が御座いません^^;
どちらかと言うとガンガン使える実用品が好きです。

ところでこのロシア時計はボストークに似ていますね。

手巻きと言うと寿司を思い浮かべる人も居ますが、私は機械式時計を思い浮かべます。

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