「たかが電気」云々

 28, 2012 00:58
先日の代々木公園での著名人のスピーチのなかで
作曲家の坂本龍一氏のコメントが、後日たたかれていた。
「たかが電気」云々の言葉をつかまえて、「電気音楽で食っている奴が何を言う」
つまらぬ揚げ足を取られていたかっこうだった。
「たかが電気」はもともと京大の小出裕章さんの言葉である。
大きな舞台で安易に引用したために突っ込まれたのだろう。
誤解もあるかもしれないが、突っ込まれる要素はやはりあったのだろう。
それにしても氏は音楽家なのになんで文学者然とした丸めがねをかけているのだろうか。

「たかが電気」には二通りの意味があるように思う。
ひとつは、電気をつくるのにはいくつもの手段がある。
原発だけが発電方法ではない、石油でも石炭でもガス、水力でも可能であり、
なにもこんなに危険で、国ばかりでなく人類も危うくする手段でつくらなくても良いではないか、ということ。
もうひとつは、過去の原発で起こった事故、
そこで亡くなった犠牲者の悲惨な最期や、昨年の原発事故で失われたものの大きさを思えば、
それと引き替えに得るのはたかが電気なのだということ。
核以外にいくらでも作る方法がある、だから「たかが電気」なのだろうと、そう思う。
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