画を持つ喜び 越智 博さんの作品

 11, 2012 12:01
私が画家 越智博さんの作品を最初に見たのは以前、
画家ぱんどるさんのBlogで越智さんの個展の紹介がされていた時だった。
どこの団体にも属さず、特定の画商ともつながりを持っていない越智さんはしかし、
彼の地、フランスでいくつもの受賞歴を持つ、在仏20年の日本人画家だ。
残念ながら、記事を読んだ時には個展はとっくに会期が過ぎてしまっていた。

団体や画商とのつながりを持たないということは、
日本で越智作品を見られる機会は少ないということでもある。
海を越えて作品の運搬や会場の費用はすべて画家自身が負わなければならない。
プロの画家は画を売ってなんぼであり、越智作品を日本で見ることの難しい理由でもある。
その時、数少ない越智作品の実物を見る機会を逃して残念な思いをしたが、
1点だけだが作品が置いてあるギャラリーが東京(三鷹)にあると聞いて、そこへ私は足を運んだ。

秋も終わりの静かな休日の夕方、そのギャラリーではある木工作家の個展が開催中だった。
たった一枚の越智作品は、その作家の作ったイーゼルにキャプションもなく乗せられていた。
小さな(2号)作品は画家が以前住んだノルマンディー近くの街、
オンフルールにある古い教会を描いたものだった。
オンフルールの旧市街

一目見た時の感動を忘れられない。
以前にBlogで見ていたはずの作品が、今目の前にあってはまったく別物だった。
色だの構成だの技術的なことはいろいろ説明できようが、
作品の第一印象がまず「美しい」と感じるのは、何にもまして大事であると思う。
深いノスタルジーを感じるアンバー系の色彩はときに息苦しく感じさせるものだが
越智さんの作品はそうはならない。
いつも、全体に調和しつつも鮮やかな色彩がどこかにプラスされていて、
それは空のブルーであったり、樹木の緑だったり、壁の色だったりする。
それが鬱屈としがちなアンバーの画面を外に向かって解放している。
暖色系でまとめられたにもかかわらず画面には意外なほどの透明感がある。
最近の越智作品の最大の魅力は、以前の作品にも特徴的だった大気の透明感を
今のスタイルである暖色系の色彩で表現されていることだと私は思っている。
さらにここ数年は形態の単純化を進めて、抽象の一歩手前で踏みとどまるような具象表現を追求されている。
単純化されてはいるが、マチエールの表情は豊かである。
その豊かな表情は詩情へと昇華され、時間や場所の感覚を曖昧にする


言うまでもなく、日本は世界一美術愛好家が多い国で、
著名な作家の展覧会には暑さ寒さをいとわず熱心なファンが会場に詰めかける。
しかし、いったいそのうち何人が自宅に画を飾っているだろうか。
複製でないオリジナル絵画となるとはるかに少ないだろう。
私自身、今までは複製の画を安いフレームに入れて飾っているだけだった。
それはそれでいいのだが、欧州の民家などの映像をTV等で見ると、
どんな田舎の農家であっても室内の壁には絵が掛かっている。
その文化の違いは大きい。
フェルメールやピカソが海外からやってきて100万人が会場に押しかけても、それは文化とはいえないのだ。
でももし仮に自分で画を購入するなら、いったいどんな画を選ぶだろうか。
一般に風景画の場合は自分の慣れ親しんだ風景を求めるものだ。
越智さんの作品はフランス、それも北や南仏の田舎の風景が舞台となっており、
普通に考えればこの日本で売るのは非常に難しい。
しかし以前の帰国展では毎回、かなりの作品が購入されたことがBlogから伺われる。
越智さんの風景画にはどこか普遍的な香りがするようだ。

一度越智作品をこの目で見たい、とだけ思って出かけたのに「欲しい」と思い、
ついに私はその日、この作品を購入してしまった。
事務所経営厳しい中、私がはじめて買った画である。
その時個展を開いていた木工作家の人は、じっと見つめていた視線の先が
自分の作品ではなく、その上に飾ってあった画の方に向けられていたとわかって少々拍子抜けしながらも
画廊オーナーの方に電話連絡をとる労をいとわず、ずいぶん親切に動いていただいた。
後日、作品が自宅に届いてからは、朝な夕なにこの絵を手に取ってみる。
越智さんは作品のマチエールに心血を注ぐ画家だ。
油彩の場合、ひとつの作品を完成だと自ら納得するまで数年を要することもあるという。
Blogでもしばしばそう述べられているが、実際に作品を手に取ってみるとその苦心が伝わってくる。
画像や写真では決して伝わらない微妙な色彩、マチエールの美しさ、
私はよちよちと20年ぶりに絵筆をとって多少器用に枚数を積んだが
プロとアマの違いがこんなにもあるものかとその時痛感した。
(ちなみに越智さんは「プロの画家」と呼ばれるのはあまり好きでないそう)
なにより、越智作品は画を持つ喜びというのが実感できる。
これは手にしたものでないとわからない感慨である。
一枚の画が空間をどれだけ豊かにするかは、
以前の帰国展を紹介した越智さんのBlogを見れば少し想像できるのではないだろうか。


越智さんの作品を過去にさかのぼって概観してみる。
古い焼き物工場(2003)
農場への道 (2002)
10年ほど前まではコローを思わせる澄んだ色調の、上のような作品を描いておられたが
以後はアンバー調の色彩へと変化してきている。
現在フランスの風景を描いてこれほどの作品があることに驚くのは、むしろ現地のフランス人かも知れない。

オンフルールの旧港
ノルマンディー時代後期の頃の色彩のテーマは「琥珀」だそうで、
私は個人的にこのテーマの作品群がとても好きだ。

ジェルブロワ冬の黄昏

ティジーに移って以後最近はフォルムが蒸発するような、形態の半抽象化を試みておられる。

一方、越智さんのBlogでまだ画学生だった頃の作品を見ると、
今現在の絵画スタイルといささかのブレもないことにも驚くと同時に
画家の体質がヨーロッパの風景の色彩に元々合っていたのだと強く感じてしまう。
越智_静物

以後、渡仏後からの一連の作品は滞在地の空気感をつかんでは画に昇華する、
その繰り返しによって作品はひとつひとつ積み上げられてきた。
過去の作品はこちらのHPで


ところで、リーマンショック後の経済は画家の生活も非常に厳しいものにした。
越智さんにとってもそれは例外ではなかったが、
現在越智さんは夫婦二人三脚で骨董商を営みながら絵筆をとっておられる。
画家の目で選んだ品々は日本からの引き合いも多い。
しかしそれまでは20年にわたって芸術の本場フランスで絵筆一本で生きてこられた。
ひと言で言ってしまうが、これは大変なことである。
セリフォンテーヌの冬の朝

そしてこの夏、今住んでおられるティジーの街で現在、越智さんの個展が開かれている。
個展案内会場風景
個展といっても街の中心にある築900年の古い教会を借りきって、市主催で行われているものである。
この個展は市側から企画を持ちかけられた時期がこの春だったそうで、
わずか三ヶ月という短い準備期間だったこともあり、作品はアクリルや水性の油彩作品が中心となっている。
私も可能なら駆けつけたいところだが、会場が南フランスとあっては時間と旅費の都合がつかない。
もし機会があれば、どなたか出かけてみてください。
(9月16日まで。教会という場所柄、展示公開は週末土日のみ)

巴里 冬の黄昏 教会への坂道


声高に新規と個性をアピールする現代の「アート」と呼ばれる作品群。
欧米の城や教会を飾るとでもいうのだろうか、
作品は巨大化し続け、誰に向けての作品かわからなくなってしまった現在、
異国の名もない風景、風、大気を静かに翻訳し続ける越智作品にこそ、
画本来の姿と存在の意味を私は強く感じる。

越智さんのBlogはリンク欄の「オート・ボージョレからのアトリエ日記」から

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COMMENT 2

Mon
2012.08.13
19:19

タブロウ #3h4yWL0g

URL

越智さん、こんばんは。
こちらこそ私のところのようなローカルBlogでは、
そちら、フランスでの個展をご紹介してもなんのお力にもなれないと思います。

歴史の評価の定まってない現存作家は、結局個人の好きずきでしか語られません。
私は越智さんの作品を見た時に感じた
「この絵は欲しい」という感覚を信じて今回書かせていただきましたた。
大きくは間違ってはいないと思っています。
これからも良い作品を描いてください。
私の方こそ帰国展を、できれば近い時期に実現されることを期待しています。

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Mon
2012.08.13
18:13

越智 #-

URL

タブロウさん、こんにちは。

ボージョレで細々と制作している私の絵の様な物を、タブロウさんの品格のある文体で紹介して頂きまして大変光栄に感じると共に感謝の意をお伝え致します。

昨今美術を取り巻く経済状況は厳しいモノがありますが、画家は売れる売れないに関係なく淡々と制作して行くモノだと思います。

この歳になり自分が何を表現したいのかと言う部分が、若い頃より明確に視えて来ました。
これからはそれに照準を合わせて制作をして行くだけです。

何時か帰国展でお逢い出来るのを愉しみにしております。

有難うございました。

              

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