「清流時代」(油彩、F4)

 22, 2012 18:47
清流時代

私の育った奈良市は三方を山に囲まれている割に
意外に清流といえる川が近くにはなく、もとより海は遠かった。
少年青年時代に川で泳いだ記憶は数えるほどしかない。
それも奈良ではなく、京都の木津川や宇治川上流だったりした。
木津川で友人と泳いでいる同じ時刻に、下流で友人の同級生が溺れたこともあった。
よくある話だが、バイクでそこまでやってきて暑さのあまりジーンズで水に入ってしまったのが原因だった。
親としては無念この上なかったろう。
2〜3日前セガレが学校で、着衣で泳ぐことの危険を身をもって知るため、
着衣水泳を体験させられていた。
これはいいことだと思う。

70年代の市街地近くの川はどこも汚れていて、せいぜい魚を捕って遊ぶくらいだった。
私も子どもの時にこんな綺麗な川で、思い切り泳いでみたかったと思う。
一方、池はといえば、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる不気味な底なし沼のイメージがあって
今も泳ごうとは思わないし「遊泳可」という池も聞いたことがない。
雨水や排水をちょろちょろためて出来た、いわば大きな水たまりなので、まず水が汚い。
池でおぼれる人が多いのは、こういう池に対するマイナスのイメージ(「おー気色悪い」)があって、
池に落ちた瞬間に一種のショック状態に陥り、慌て、もがいているうちに溺れてしまうと聞いた。
どこかの野外教育では、子どもをあえて池に飛び込ませ、
そういう先入観を無くして「池もプールも同じ」ことを学ばせるらしい。
これも的を得ていると思う。


ところで絵具は、最初必要最低限の(セットになっている)12色、
もっといえば6色からスタートして、どうしても混色で出ない色を足していくようにすれば
自分のオリジナルセットが出来てくる。
これも良く言われる混色の練習方法だ。
私の画箱には今、赤黄青茶緑紫白それぞれ3種類ほど入っていて
一枚の作品に使うのはおおむね二色づつ、合計だと10色ほどで足りている。
ただしパレットには、たとえ使わなくてもいつも絵の具は全色絞り出している。
ほんの少しでも足せば思い通り、あるいは意外な色が出せる時がある。
必要な時にパレットに出ていなければ使わずに近い色で済ませてしまいがちだ。
そういうことが自分の色のレンジ幅を知らないうちに狭くする気がする。

画は先日家族で行った木曽おんたけで遊んだ清流。
碧緑一色にも見える水面はそれでも出せない色があって、緑を一色追加した。
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Tag:Landscape Paysage 風景画

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