シャルダン展

 29, 2012 21:36
シャルダン展

仕事で日比谷に出かけることがあり、帰りに丸の内の三菱一号館美術館へ寄った。
シャルダン展とは珍しい、と思っていたら、今回が日本で初めての回顧展であるらしい。
しかも地方へは流れず、東京だけの開催だ。
都心の美術館らしく勤め人に優しい、
木曜と金曜は夜間割引で1000円(通常1500円)で入れることもありがたい。
丸の内などこの美術館以外、私には近頃まず縁のない土地だ。
上の写真を見ても、丸の内のOLさんたちの上質志向を刺激するだろう、とてもおしゃれな外観だ。
ここでは館内の職員は「コンシェルジュとお呼びください」などと言い出しそうだ。
そういえば東京一年生だった頃、身の程知らずにもこのあたりに集中する都市銀行や大手企業の本社へ
飛び込み営業なんかをして回っていたことも懐かしい。
知らないということと若いことは素晴らしい。
仕事は一本も取れなかった。
10年後に飛び込みではなくちゃんとした仕事でふたたびここに来た時、
なんかじんときた覚えがある。
懐かしいが、戻りたくはない切ない時代だ。
・・・・

シャルダン(Jean Siméon Chardin:1699-1779、仏)は日本ではマイナーな画家であり、
大げさな宣伝もされていないのでこの展覧会を知らない人も多いかもしれない。
紹介文にも、「日本ではあまり知られていない〜」と書いてあって私には意外だったのだけれど
小中学校の美術の教科書には必ず出ていたあの「パイプとポット(水差し)」は
今はもう掲載されていないのだろうか。
私などゴッホやピカソなどより、本物そっくりに静物を描いたシャルダンや、
細密なバベルの塔を描いたブリューゲルの方が記憶に鮮明に残っている。
確かに地味ではあるが、ルーブルには最もふさわしい静物画という気がする。
その「パイプとポット」は教科書に載っていた画像が小さかったせいもあり、
まるで写真のように緻密でスーパーリアルな画面を想像していたのだが(注:今回は来ていない)
実際は生涯にわたってそのタッチは粗めであり、デッサンもやや狂いがある。
今の日本の写実画家でその技術をしのぐ画家はいくらでもいる。
にもかかわらず、画面から伝わる描かれたものの存在感と空気感は遠く及ばない。
印象派以前のどの静物画も、緻密すぎる画面の息苦しさに思わず逃げ出したくさえなるのに、
シャルダンの作品はそうはならない。
その違いは何だろうか。

ゴブレット

モチーフの少ないその構図もあるかも知れないが、
穏やかな色彩、筆を置くタイミングとモチーフのセレクトにあると思う。
シャルダン以前に、家庭の厨房にある普通の道具を、
これほど愛情豊かに描いた画家はいなかったということだ。
そしてキャンバスサイズ、
静物画に再度取り組んだ後年の多くの作品は6〜10号くらいの小品だった。
ほぼ実物大に描かれたそれらの作品に押しつけがましい空気は皆無だ。
今も昔も、いつの時代も人は癒しを求めるのだろうか。

とはいえすべてが傑作でもなかったシャルダン。
没後ほぼ一世紀の間、フェルメールと同じく社会から忘れ去られ、
二人とも研究家であり画商であるトレ=ビュルガーによって再評価されたのは奇縁だ。
彼は当時無名になってしまっていたシャルダンの2枚が対になった傑作、
「肉のない料理」と「肉のある料理」を、街でわずか10フランで購入したということだ。
わずか10フランといっても今の価値でいくらくらいかわからないが、10万円くらいなのだろうか。
ちなみに彼によって認定されたフェルメールの作品は大半が別人の作品だったらしいが、
それによって画商としては大きなもうけを得たらしい。
肉のない料理 肉のある料理
シャルダンの描く手つきのポットは、いつも持ち手の部分がこちらを向いている。
あえて描きにくい後ろ向きの配置にしたのはどうしてだろうか。

深く落ち込んだ背景に浮かぶ静物のモチーフ、どこにでもある構図なのに何とも癒される。
テーブル上に置いたナイフやスプーンなどの銀器、あるいはネギなどの野菜を
こちらに向けて少しはみ出し気味に置き、立体感と奥行きを出すのはシャルダンの特長だ。
ポットの持ち手がこちらに向いているのも同じ理由からと思われる。
すもも
このすももの重さ、そしてまるで香りが目で見えるかのような実在感は、
岸田劉生の静物画にも感じるものだ。

ところで不思議なことに、シャルダンは展覧会だけでなく、
ちゃんとした画集というのも日本では、今に至るも出版されてはいない。
35点くらいしか描いていないフェルメールが数多くの画集が出版されていることを思うと
寡作とはいえ生涯に238点描いていて、しかも同時期に再評価されたにしてはちょっと不思議な気がする。
以前、数少ない国内の画集だったファブリ版世界名画集を近所の古書店で見つけて購入したが、
わずか100円だった。
作品の写真だけのペラペラの画集というよりパンフレットみたいなものだった。
あとは西村書店や新潮社などから出版されているが、
どれも「薄い」か「小さい」かで、画集というにはあまりに物足りないものだ。
だから今回の展覧会図録はとても期待していたのだが、
全300ページ近くあって純粋な作品紹介の図録部分は100ページだった。
展示作品が36点だから仕方がないとはいえ、せめて倍くらいの作品は見たかったものだ。
ともあれ、世界中で最もシャルダンの作品を収蔵しているルーブルでさえ38点であることを考えると
この日本で今、36点の油彩画を見られるのは幸せだ。
2300円は高くはない。
ファブリ版と図録
ファブリ版表紙、シャルダン唯一の花の画も今回来日している。

展覧会のキービジュアルとなっている「木いちごの籠」は、
ポスターや図録のカバーにも使われているだけあってさすがに良い作品だった。
似た構図の静物画が何点も展示されていたが、
静物を乗せたテーブルの厚い側面の表現はこれが一番良い。
個人蔵でめったに表に出ない作品らしいので必見だ。
きいちご

生涯つましく画を描き続けた絵画職人のシャルダン、
美術界からは冷遇されたようだけれど、えらい王様のおかげでルーブル宮殿内にアトリエと住居を与えられ、
本人が最も望んでいたであろう、絵画三昧の一生を送ることができた。
とはいえ、当時は美術館ではなかったルーブル宮、今でいう公務員官舎の上等なやつという感じだろうか。
絵の具の鉛毒で晩年は目に黒内症を煩い、パステルを多く使うようにもなったそうだが
これたいったいどういうことで絵の具の影響を受けたのだろう。
晩年のパステル画の自画像なんかを画集で見ると、画家の実直な性格がありありと伝わってくる。
本展には女性に人気のありそうな美しい風俗画(人物画)も多数展示されているが、
ここでは静物画のみにとどめる。
画家の地位を上げ、生活を楽にした風俗画というジャンルではあるが、
シャルダンの名は静物画が無ければ歴史に名をとどめなかった。
かわりに、リンクにシャルダンの全作品をアップする太っ腹なサイトを追加したので参照されたい。
(ポスター屋さんである)

ところで、展覧会にはまったく関係なく、今回非常に得なおこぼれに与っている日本企業がある。
このシャルダンからネーミングをとった芳香剤を売っている会社だ。
たしかに面白い豆知識だけれど、なにもそこまで、というくらい取り上げられていて、
美術館の展覧会HPの画家の紹介のところにまで大きく書かれている。
主宰でも協賛でもないのに、これはちょっとやり過ぎだろう。


シャルダン展
開催期間
2012年9月8日(土)~2013年1月6日(日)
開館時間
木・金・土 10:00~20:00/
火・水・日・祝 10:00~18:00
休館日
月曜休館 / 12月29日(土)~2013年1月1日(火)
(但し、祝日の場合は開館し、翌火曜休館/12月25日は開館)

スポンサーサイト

COMMENT 0

WHAT'S NEW?