竹中保先生を偲んで(一周忌を迎えて)

 07, 2012 15:27
昨年竹中先生の訃報について最初に書いてから、もうすぐ一年が経とうとしている。
今に至っても、ひと月に何人かの後輩やら同期生からメールやコメントをいただいたりする。
皆初めて知ったのであり、その驚きは私が訃報を受け取った時と何ら変わることはない。
つくづく思うのだけれど、画や彫刻、デザインを志した頃に出会った先生の言葉、
物腰や話し方にいたるまで尊いものとして皆が鮮明に記憶しているのは、
それはすなわち、その頃の生徒たち自身の制作に対する姿勢そのものでもあったということだ。
そのまま一流大学へ進めば明るい未来がすぐにも描けるのにと思う、学科にも秀でた優秀な生徒もいれば
私のように他にどの道にも進みようがなく、あとはバイト先の調理師にでもなるしかなさそうな
まさに土俵際の落第生もいた。
そこにいた生徒たちはみんな(今から思えば)幼いながら「もの創りの道に入るために」と考え、
まずは最難関の門をくぐろうと決めた生徒たちだった。
志通りか、志届かず私のようにG.デザインの仕事に就いた者も多い。
バブル期も就職氷河期も関係はない、将来食えなくとも志望する学生は今もいる。
著名なアーティストとして名をなすことを夢見ているものもいるかもしれない。
現実的には、将来絵描きや彫刻などファインアートに進む生徒というのは
ほとんどいないことも先生は予想しておられたはずだ。
ものの見方を学ぶということは、どんな世界にでも通用する力になる。
だから短い指導期間であってもでもそれだけは身につけて送り出せるようにと、
指導はある意味、たいへん厳しかったが卒業生は後々、その教えの価値を実感することになった。
人はけっきょく一人で生きてゆかねばならないし、自分で解決していかなければならない。
その際指針となるコンパスをこの頃に持てたということは、
私をはじめ未熟な多くの若者にとって幸いであったろうと思う。

先生は「若い時には、何かに向かってひたむきになることが何より大切だ」といわれた。
その「ひたむき」の意味をじっくりかみしめたい。
それはどんな世界でも構わないし、本当は誰かに師事する必要もない。
本当に力のある人間は誰からでも、何からでも良いところを学ぶ。
どんな時代でもどんな世界でも、やる奴はやるし、やらない奴はどんなお膳立てをしてもやらないものだ。
そういうことも先生は教えてくださった。
毎年新たに大勢のひたむきで自己主張の強い生徒たちを、
一年間引っ張ってこられた牽引力は並大抵ではなかったと思う。

10月8日、先生が亡くなって一年が経つ。
竹中先生の遺徳を偲んで。
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