古い喫茶店

 11, 2013 01:32
次男坊の誕生日、観たいと言っていた映画に連れて行く。
映画を観ている間、私は少し離れたブックオフへ行き、古書を漁る。
どの町へ行っても、古本屋を素通りするのは難しいくらいに古書好きである。
年末からここのところずっと、いい本が安く手に入る機会が続いている。
いわゆる「掘り出しもの」に当たることが多くて嬉しい。
そして今日も、山口薫の通常は古書店でも高価な画集が、かなり安いのに当たった。
美術書籍の老舗である求龍堂の今日買った画集は、いい画が多いうえに無用な解説がなく、
かわりに画家がメモに残した詩文のような文章が添えられていて、それがとてもいい。

家まで待てずに、私は近くの喫茶店に入って画集を開いて見ることにした。

モナリザ店内

大森駅裏通りにある「モナリザ」という、いかにもな店名の純喫茶は
今から10年ほど前に大森にちょっとした用件があって通った頃、よく入った店だ。
店同様に歳を召されたマスターが一人で切り盛りしていたが、
今でも変わりなく営業していたことにほっとしてドアを押す。
店内もまったく変わっていなかったことでさらに嬉しくなる。
以前はいつもここでモーニングセットを注文していたが、
今日は夕方なのでホットコーヒー単品だ。
モーニングセットは、10年前でもシンプルなトーストとゆで卵のセットだった。
注文を受けてからマスター一人で作るというのに、セットは驚くほど早く出てくる。
そのトーストの焼き上がりと、きれいに塗られていたバターに感動したことを思い出す。
私が好きな喫茶店は、趣味がいいこと、落ち着けること、味がいいこと、
そしてスタッフと店がいつも変わらないことだ。


片岡義男が以前、日経の文化欄に喫茶店の思い出についての随筆を書いていた。
やはり古本屋をまわって、神保町のなじみのある喫茶店、と言っても
そこは2~30年ぶりにドアをくぐった店だった。
懐かしさを覚えると同時に、マスターが歳をとった以外は
何も変わっていなかったことに驚きながら片岡はコーヒーを注文する。
以前と変わらない味のコーヒーを飲みながら、
彼は今買ってきたばかりのペイパーバック(片岡はペーパーたは書かない)を開き、
昔この店でコーヒー一杯で何時間も粘って原稿を書いていたことなどを思いだしていた。
社交的な人物ならここで、マスターに声を掛けて昔話に花を咲かせたかもしれないが、
片岡はそういうことはせず、ひとり昔と同じ席にいて30年前に思いをめぐらす。
やがて席を立って勘定を済ませると、マスターがちょっと待ってという。
奥に入ってしばらくすると、手に一冊の本をもって戻ってきた。
それは30年前に片岡が、店に忘れていった本だという。
もちろん片岡はそのことをまったく忘れてしまっていたが、
そのことによって30年の月日は一挙につながったのだった。
マスターはとくに態度を変えることもなく、
「あなたはいつもあそこの席で原稿用紙に向かっていた。
 あなたはあの頃と少しも変わっていない」
とだけ言う、そういう随筆だった。

酒をあまり飲まない私なんかは、なじみのそういう喫茶店があってほしいと思う。
きれいだけれど、誰が対応しても同じ挨拶の店、
丁寧なサービスではあるが、1年と同じスタッフがいない店、
町にはそういう清潔で乾いた、他人の顔で親しげに注文を聞く店ばかりになってしまった。
10年経っても(自分同様)少し歳はとったが同じ顔、同じ声が迎えてくれるような、
それは店だけでなく、仕事を含めすべての関係がそうあって欲しいと、
今ほど思われている時代もないように思う。

私が店を出ようとする時常連の女性客が一人入ってきて、
まだシートに座らないうちから世間話を始めた。
ニコニコと話を聞き、ゆっくり相づちを打つ純喫茶正統派マスターであった。
ここに戻ってくるまで10年が経ってしまったが、これからは努めて自分も来ようと思った。

モナリザのコーヒー
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