(2)高村光太郎の栄螺(さざえ)

 08, 2013 00:43
光太郎さんの作品についてもうひとつだけ。
作品の造形論のみ残っていた木彫の「栄螺(さざえ)」は、
1930年の頒布会で買い取られたあと、長い間行方不明になっていた。
光太郎さんはこの行方不明になっていた栄螺のことを後々まで惜しんでいたそうだが
それが近年見つかり、収蔵先のメナード美術館で2003年、73年ぶりに公開された。
そのさざえについての造形論は、文字が底光りしている。
sazae
・・・・

「五つ位彫り損って、何遍やっても栄螺にならない。実物のモデルを前に置いてやっているが、実に面倒臭くて、形は出来るのであるが、どうしても較べると栄螺らしくない。弱いのである。どうしてもその理由が分らないので、拵え拵えする最後の時に、色々考えて本物を見ていると、貝の中に軸があるのである。一本は前の方、一本は背中の方にあって、それが軸になっていて、持って廻すと滑らかにぐるぐる廻る。貝が育つ時に、その軸が中心になって針が一つ宛(ずつ)殖えて行くということが解った。だからその軸を見つけなければ貝にならない。」

こういうことは画も彫刻もちがいは無い、
立体で表現する彫刻であれば、なおさら強く言えるだけのことである。
作品の強さや存在感とはこういうところに核心があるのかと、身震いがする。
さらに、

「それ以来、私は何を見てもその軸を見ない中には仕事に着手しない。ところがその軸を見つけ出すことは容易ではない。然し軸は魚にも木の葉にも何にでも存在する。」

という考えに至る。
この目に感動を覚えずにいられない。
ある美術館の学芸員はこの光太郎さんの文章を、
作品が完成したずっとあとの回想であり、造形論の結論ありきのあとづけである
と書いていたが、私はそうは思わない。
言葉の一つ一つは制作者のまさに実感であり、
また、そんな「あとづけ論」を書かねばならない意味がわからない。
自分では作り出さず、人が作ったものを見て文章を書く人はそんなことを考える。

先の「蝉」や「柘榴」などの木彫作品はうれしいことに、
この夏6月29日から8月18日まで千葉市美術館で見ることができ、
以降は各地2カ所を巡回する。
ただ、「栄螺」は残念なことに展示されないらしい。
収蔵先のメナード美術館側の都合だろうか。
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