ビンテージイーゼルと月光荘

 10, 2013 01:26
イーゼルは仏製Jullian社のを使っていた。
英語に堪能な友人(先日の記事のボリウッドマン)に頼んで
アメリカから購入したこの堅牢な野外イーゼルが製造上ハズレの品だったようで
どうもゆるいと思ったらネジ穴の山が馬鹿になっていたり、木の部材が割れたりと
早くも数カ所修理の手を入れて使っている。
品質において世界的に評価の高いウィンザー&ニュートン社の絵の具も
シリーズによっては今やMade in Chinaになっているそうなので
こちらもアメリカから買ったとはいえ米国経由の中国、
ないしどこかのアジア製ではないかと思ったりする。
というのは、南の国の木材は柔らかく、作業員はそれに慣れているせいか、
堅い木材の加工は荒いことが多いからだ。

ところで部屋のスペースの問題で、さらに小さいイーゼルを探すことになった。
軽くて小さいものはいくらでも市販されているが、ここでも「古い物好き」が顔を出し、
結局ネットで物色して購入したのがこの銀座にある老舗画材メーカー月光荘のイーゼルと、
これと組み合わせて使う画箱である(偶然同じ時に買うことが出来た)。
月光荘イーゼル
・・・・

劣化した革ベルトは妻のいらないバッグ用ベルトと交換した。
同社では今も同型のイーゼルを製造販売しているが、
これは3〜40年前のモデルなので細部が今と少し違っている。
月光荘のホルンマークの赤いロゴプレートは金属製だ。
ちなみに屋号の「月光荘」は、与謝野鉄幹の命名、看板文字は妻晶子の書による。
月光荘というのはほぼ個人商店に近い画材メーカー兼ショップである。
価格競争激しい今のこの日本、零細企業のがんばりを応援したいものの
近所で扱っている画材屋がないので私自身、看板商品の絵の具を使ったことがなく、
残念ながらあまり語る資格はない。あくまで余談程度で。。


月光荘は銀座にある画材店だが、もとは新宿からスタートしている。
大正期、美しいフランス人女性店員がいたという店舗は、
今その写真を見てもとびぬけてモダンなショップだったようだ。
それというのも、店舗のデザインは藤田嗣治の監修だと聞けばなるほどと思う。
国産初のコバルトブルーを製造したことで有名で、世界の標準色18色も自力で作り出した。
創業者の「月光荘おじさん」こと橋本兵蔵(ひょうぞう)氏は
明るくて変色のしない絵の具つくりに一生を捧げた「絵の具職人」でもある。
画材の改良にも熱心で、画家の意見を直接聞く機会だからと
注文品の配達も経営者のおじさんが自らやっていたそうだ。
猪熊弦一郎や宮本三郎らもここの画材をひいきにしていたようで、
近年修復が完了した上野駅の猪熊画伯の筆による壁画は月光荘の絵の具、
とくに画家の要望によって開発したチタンホワイトを使用して描かれている。
それまでのホワイトでは隠蔽力の弱さをカバーするために厚塗りせざるをえず、
画家は公共の場で汚れが溜まりやすくなるのを嫌ったのではないか。
すべては創業者の月光荘おじさん、橋本兵蔵氏の苦労のたまものだが
同時に若い画家を陰ひなたに支えたことも語り継がれている。

ミニコミ誌に近い雑誌で「画家のノート 四月と十月」というのがあるが
その13号(2005年刊、今も購入可)に、
発行人でもある画家牧野伊佐夫氏による詳しい記事が載っていて、
そのレポートが丁寧でとても面白い。
月光荘新宿時代


イーゼルと画箱を組み合わせて使う製品アイデアは、
創業者の橋本兵蔵氏が朝井閑右衛門画伯とスケッチ旅行に行った時、
画伯のキャンバスが風に飛ばされた経験から考案されたものだと、古い雑誌に出ていた。
イーゼルはアルミ製だが、一部強度が必要なパーツがスチール製で意外に重い。
小さく折りたためる4段タイプは座って描くのに丁度よく、
立って描くには「特大三段タイプ」でないと(身長175cmの私には)低すぎる。
画箱のフタがパレットにもなるが、アルミ製のため柔らかくしなりすぎるので、
パレットは別体のものを使う方がいいように思うが、今は改良されているかも知れない。
ちなみに私は後片付け不要の紙パレット派だ。
誤解なきように言っておけば、スペースに極端な問題がなければ
イーゼルとしての使い勝手の良さはJullianイーゼルのほうが(重いけれど)断然いい。

ところで、創業者の橋本兵蔵氏は上記のように、画家を支える熱意と良心の人だった。
ところがWikipediaの「月光荘」の項目には、
この誠実な画材店が辿ったその後の劇的な運命が書かれていて驚いてしまった。
この小さな画材店に併設されていた画廊には、当時知らぬ人はない政財界人が集っていた。
画の売買に絡んだ泥沼事件の中心人物となった当時の社長はもちろんおじさんではなく、
どういうわけか、別の印刷会社と経営を兼務していた、やり手の女性社長だったそうだ。
ちなみにその女性とは、著名なピアニスト、中村紘子の母親でもある。
そんな事件は、おじさん亡き後に起こったと信じたい。
画材店と事件の舞台となった画廊は、基本的に別会社だったようで、
200億円近い負債を抱えて倒産したにもかかわらず、
画材店は何事もなかったかのように、今も営業している。
銀座の帰りに一度店に寄ったことがあるが、店員さんの対応は実に丁寧で温かいものだった。
当時多額の売上げをもたらした旧ソビエト画家の油彩画は
今もよくヤフオクに「月光荘画廊で購入した画」として出品されている。

芸術の国、フランスから「奇跡」とも言われた「コバルト・バイオレット・ピンク」を発明し
それを必要とする絵描きに、今も静かに提供している小さな画材屋が
海外の国をも巻き込む大事件の舞台にもなったとは、想像だに難しい。
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COMMENT 4

Tue
2013.05.14
00:28

タブロウ #3h4yWL0g

URL

水彩用イーゼルは

メグさん、こんばんは。
メグさんは制作数がすごいですね。
いろんな画材も試されているようですが、
仏製Jullianには水彩用もありますよ。
http://www.dickblick.com/products/jullian-rexy-watercolor-easel/?clickTracking=true&CAWELAID=520010530000022990

もし個人輸入に挑戦されるなら、国内の安い店の半額で買えます。
これも画箱(木製)と組み合わせて使うタイプですね。
国内で扱っている店自体、少ないです。

Edit | Reply | 
Mon
2013.05.13
07:25

魔女メグ #FhqeNpQ.

URL

No title

イーゼルに絵の具箱セット、いいですね。。
水平イーゼルがあれば買ってしまいそうです。

シンプルで美しい。
この、美しいってことが案外後々に残る大きな要因ですね。
美しいものを作る、描くもかな。
たとえ100円ショップでも、美しいものは残るかもしれません。いや、あればですが。

Edit | Reply | 
Sun
2013.05.12
11:02

タブロウ #3h4yWL0g

URL

No title

のまどさん、こんにちは。

お忙しそうですが、新作は進んでいますか?

道具の中で消耗品である筆と絵の具だけは
いろいろなメーカーを試せる機会が多いですね。
絵の具は近所の店で最近まで国産品より安価だったブロックスを使っていましたが
昨年輸入を取りやめたので、今は主にミノーとニュートンを使っています。
イーゼルのJullianと絵の具のミノーはぱんどるさんのお勧めでした。
使いやすさ抜群ですが、確かにねじ類周辺が弱いですね。
消耗量が少ないので比較検討がなかなかできず、
まずは誰か経験ある方のお勧めを使っています。
ミノーは新宿まで行かないと手に入らないので、
これからはマツダも使ってみます。

ちなみに、この狭さは時に命取りに。。
イーゼルの下から無理な体勢で道具に手を伸ばして
腰をやられたことがあります。

Edit | Reply | 
Sun
2013.05.12
01:58

 #-

URL

No title

こんにちは。
タブロウさんの画を描くコンパクトな環境、素敵です。
小品を描くには一畳もあれば十分です。

お使いのジュリアンですが、、フランス製はネジ類が駄目です。
特に真鍮は柔らかくて、すぐにネジ山がバカになります。
ヴィンテージ自転車の世界でもフランスパーツはデザインで人気がありますが、強度と精度はイマイチだと思います。

月光荘と言う画材屋さんの件は知りませんでした。
そこのオリジナル絵の具があるんですね。
私はあまり画材の拘りは無いのですが、貧乏学生の頃からマツダのスーパーと言う絵の具がお気に入りでした。

こちらではレンブラントとかルフランを使ってますが、それより発色の純度が高かった様に思います。
後は文房堂?もプロには評価が高かった様です。。

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