竹中先生を偲び、画友と再会した日

 01, 2013 02:35
亡き竹中先生を偲ぶ会はずいぶん先のことに思っていたが、
あっという間にその日はやってきて、懐かしい面々との再会とともに時は流れ去った。
当たり前のことだけれど、若いOBというのも大勢いて、
自分たちはすっかり古参衆になっていたのも時の流れを感じる。
会は先生の教え子が集まって練っただけあって、とにかくすばらしいものだった。
講義のビデオやうまく編集されたフォトムービーも忘れがたかった。
遠くにいて何もお手伝いできなかったことが心苦しい。
実行委員の方々にはあらためてお礼を言わせていただきたい。
本当にありがとうございました。

会場の展示品の中で目をひいたのが、先生の個人アルバムだった。
どのページも空間という空間は、写真とイラスト、言葉に埋め尽くされている。
青年竹中保の生気の爆発、我々と変わらぬこんな若いエネルギーがあったのか。
しかし最も目をひいたのは、丁寧に整理された先生の奥様のアルバムだった。
あとで確認したら、これも先生の遺品の中にあったものだそうだ。
若い日の輝くような美しさが忘れがたい。
・・・・

竹中先生の石膏デッサン

会場には、OBの在所時のデッサンも展示されていて、帰りにはそれぞれ返却された。
その中に、名前の記入がない石膏デッサンが一枚混じっていた。
実はこの美しいSt.ジョゼフ像は、竹中先生ご自身がHBの鉛筆一本によって、
わずか一時間で描かれたものだ。
友人の大西が制作中、隣にいて見ていたからまちがいなく、
やや浅く見えたのはそのせいだったのだ。
しかしこの緻密で完璧に表現された立体をまのあたりにすると、
とてもそんな短時間で制作されたとは思えない。
当時、優秀な生徒が3時間で描いたヘルメスのデッサンを、何度も見せられた。
しかしそれよりもずっと大きな像をたった一時間で描いたことに、
今あらためて驚嘆する。

ところで私は会の進行の中で、先生のエピソードを話すよう頼まれたが
時間が押していて半分にとどめた。
しかしもう二度と口にすることもない気がするので、ここに書き留めておくことにする。


私はOBの中でもおそらく最も長く在籍した生徒だ。
あっという間に腕を上げていく生徒の中にいて、
ここに長く在籍したことは何の自慢にもならない。
しかしそういった生徒に、一年目、二年目の試験に落ちたとき、
「また来年頑張れ」と言うのは何でもなかろうが、
三年、あるいは四年となると、これはむしろ言う方も大変だ。
先生は私に五年目に至っても「もう一年頑張れ」と言われた。
私自身はまだ身につけることがある、課題がある、と考えていたので
周囲が思うほどには悲壮感はなかったが、
先生はよくも私にきっぱり言われたものだと、今も驚くのだ。

まだ私が入所したばかりの頃、先生はこんな事を言われた。
女子生徒のことだったが、彼女が高校生でありながら子どもができてしまった。
高校側は生徒を退学処分しようとするのに対して、おそらく先生が出かけていったらしい。
先生はその日の夜、デッサンをしている我々の間を歩きながらこう言われた。
「本当に生徒のことを考えるならば、やめさせるということが正しいわけがない」

自分が現在小さいながらも仕事場を持ち、ひとたび人を雇ってみれば
人を雇うというのは彼の人生の一部を背負うという覚悟が必要だった。
先生もまた同じだったろう。
たとえ短くとも生徒の若い日を自分の元で預かるということは、
やはり彼らの人生の一部を背負うということになるんじゃないだろうか。
私は六年間もいた。もう一年頑張れと言う方もそうとう大変だったろうと思う。

ほかではあり得ない事だけれど、先生は何度か失敗している生徒には
試験の直前に東京へ行って腕試しではなけれど、ほかの学校へ通ってみろと言われた。
私は行かなかったけれど、素直な友人はさっそく東京の研究所へと上京した。
ところで今回出席した中で、私と同じく長く先生のところにやっかいになった生徒は
「タロウ組(多浪組)」と呼ばれた。
その中の一人に田上という友人がいて、
彼も東京へ来て一人で生活を始め、先生のおっしゃるとおりに予備校へ腕試しに通った。
昼間九時間、十時間ぶっ通しでデッサンしたあと、
フラフラになって、借りていたアパートに帰ってきた。
それから食事をとるのに自炊しなくてはならない。
ある日の夕食はカレーライスだった。
あまりの疲れにカレーを食べながら彼は記憶が飛んでしまった。
次に目が覚めたのはすでに朝で、口の端にはまだ噛んでいないご飯が残っており
手にしたスプーンにはすくったカレーが乗っかったままだった。
あわててカレーを噛み始めたと笑う、そういう話を聞いて私は感動した。

「若い日にはひたむきになることが何より大事だ」
先生がそう言って育てた生徒の中に彼のような生徒がいた。
人間に最も大切なのは「人」だ。
禅問答のようだけれど、いくらかはわかってもらえるかもしれない。
そしてタロウ組の面々は大西も福嶌も皆、多かれ少なかれ、同じような経験をしている。
きっと他の人もそうに違いない。
今はもう彼らは誰にも言わないけれど、聞いた私はそれを語り継ぐ。

人の人生は、ちょっとしたことで進行方向が大きく変わってしまうことがある。
全く順調に見えた人が大きく下降線を辿ることもあるし、その逆もまたある。
しかし「失望する事なかれ」
人間なにをやってもうまく行かず、地べたを這いずり回るような場合がある。
しかし自分自身が大丈夫だ、と思っていれば大丈夫なのである。
反対に自分で「もうだめだ」「自分は本当にだめなやつだ」
と思った時が本当にだめになった時なのである。
どん底でも構わない、我々には最後に筆がある。
筆でもなんでもかまわない、それによって核心に一歩でも近づくことができれば、
この世に生まれてきた甲斐があったというものだと、
先生からは最後にそう学びたい。

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COMMENT 4

Sat
2016.05.07
22:29

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Thu
2013.05.16
02:48

タブロウ #3h4yWL0g

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No title

jinjinさん、こんばんは。
会ではたいへんお世話になりました。
その後のフォローにも手が行き届いて、お手伝いできなかったことが心苦しいです。
私ももう少しお話しができると思っていたんですが、
展示の写真や懐かしい作品を見ているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまいました。
その後の「タロウ会」では、jinjinさんがどんな気持ちで運営にあたっておられたかも聞きました。
若い日、ひたむきに生きた時代があったことは一生の宝ですね。
またいつでもひたむきにもなれるわけです。
いつかまたお会いできる日を楽しみにしています。
ありがとうございました。

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Wed
2013.05.15
23:01

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Wed
2013.05.15
23:01

jinjin #-

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ありがとうございます。

タブロウさんの投稿にはいつも心を動かされます。
同じ場にいながら、タブロウさんのお話をお聞き出来なかったことが残念でなりません。
また、きっといつかゆっくりと話しを聞かせてください。
私たちは、竹中先生のおかげで強くなっていると思います。厳しい状況は皆同じ、でも我々は負けたくない。負けを認めたら竹中先生に会わす顔がないと自分はいつも思っています。
それほどのことを、「色と形の基本」を通して教えてくださいました。

人生を預かる。まさにその通りだと思います。
それを選んだのも自分。なら自分で最後までやり通すんだよ!って聞こえてきそうですね。

素敵なブログ、本当にありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!

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