現代画廊のあったビル

 08, 2013 13:13
銀座で最も古い百貨店、松坂屋が先月いっぱいで閉店した。
跡地は周辺を含め、ただの建て直しではなく大規模な再開発が行われる。
再開発のために辺り一帯は一時更地になると思われる。
東京に来たばかりの頃、このあたりにあった「東京温泉」を中心とした
大規模な地上げと再開発が行われていた。
私が初めて就職したちんぴらデザイン事務所の専務が、
企業担当者になんらかの面識があったらしく
私のような新入社員を営業にやらしたものの時はバブルまっただ中、
相手にされるはずもなく、営業に行って通された仮設の事務所の窓から見えた、
この銀座のど真ん中に出現した広大な空き地に目を見張った記憶だけが残った。
あれはどのあたりだったのだろうか、今となってはさっぱりわからない。
銀座六丁目にあったらしいからまさにこの辺にあたる。
大正時代の古いビルが残っているこのあたり、
いったいあの日見た広大な空き地はどこにあったのだろうか。
Wikipediaによるとその後、東京温泉跡地開発に関わった企業はバブル崩壊後、
ほとんどが倒産したという。
東京温泉と聞けば、地方から夜行で出張に来た営業マンが到着朝一番で
ひと風呂浴びる銭湯が東京駅地下にあったことを思い出すとある人に聞いたが、
銀座ではキャバレーや風俗店なども手広く経営していたということだ。

話は松坂屋に戻って、
再開発される一帯には百貨店建屋のうら、路地にして2本目までが含まれる。
それだけ聞いても東京在住の人ならかなりの規模になることがわかる。
そして、その端っこにこのあたりで最も古い大正時代のビルが含まれている。
「気まぐれ美術館」を亡くなるまで連載し続けていた洲之内徹の「現代画廊」は
そのビルの3階にあった。

現代画廊-1(ビル外観)
・・・・


連載時に一度も読んだことのなかった私だけれど、
たまたま古本で手にとってからはのめり込むように耽読した。
銀座に来ると作品を偲び、これまで何度かそのビルを訪れたが、
すでに再開発が決まっていたのだろう、いつもテナントはほとんど入っていなかった。
三階まで上がったこともあったが、ガラス戸越しにがらんとした室内が見渡せ、
中央には建材の廃材のようなものが積み上げられていた。
主がいなくなった画廊閉店後、一度も店子が入らなかったのではないかと思うような
閑散とした雰囲気だった。
ここにかつては洲之内氏の目に計ってもらおうとする無名の芸術家や
それを追う美術関係者と美術ファン、氏を慕う有名文化人が
昼夜を問わず集ったとはまったく想像しがたい。

昭和30年代の邦画、小津作品なんかを見ると、
食堂や一般家庭の壁に小道具として「日展」のポスターが貼られているのを何度か見た。
今とさほどデザインの変わらない真っ赤なデザインだから一目でそれとわかる。
それを見ていつも思うのだけれど、かつて画はこんなに人びとの生活に浸透し、
発表される作品は世間の注目を集めていたのかと。
そういう時代にこの画廊には、人を引き寄せる強い引力があったのだろう。

現代画廊-3
(1階入口付近はクラシックな雰囲気)

洲之内徹が最後の随筆集に書いた言葉、
「一人一人の人間が懸命に生きたその日々のあとに、
 ただ忘却だけがあるという想いは、私にはいつも耐えがたい。」
熱気に満ちた日々の痕跡をとどめず、足を運んだ私になにも伝えないこの空間を前に
この言葉ほどふさわしい言葉もまたないという気がした。

ビルは現在、中には入れないものの、まだ建ってはいる。
写真は通りかかるたび、カメラに収めていた過去のものである。

現代画廊-5
(入口廊下に敷き詰められたタイルは竣工当初のものだろう)

現代画廊-6

現代画廊-7
(よく知られたエレベーターは内側の蛇腹扉を手動で閉める)
現代画廊-8
(エレベーターを内側から見たところ)
現代画廊-9
(階段はこんな感じでアールデコの装飾窓が美しい。
 高齢の梅原龍三郎がエレベーターを怖がり、この階段を歩いて上ってきたそうだ)

現代画廊-4

現代画廊-2
(地下にあったクラシックな内装のBar「樽」は、斜め向かいで引き続き営業することになった)
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COMMENT 4

Wed
2015.01.07
12:19

タブロウ #3h4yWL0g

URL

明べぇさま、はじめまして。
ひょっとして洲之内さんの「きまぐれ美術館」にも登場された方なのでしょうか。
私のような、それこそきまぐれにネットで書きつづっている記事に
関係したご本人に読んでいただけるのは、恐縮するとともにこの上ない喜びです。
私たちファンが知らないエピソードもたくさんご存じなんでしょうね。
今も美術に関係のあるお仕事に関わっておられるのでしょうか。

ビルは昨年夏頃、付近を通りかかったときには辺り一帯更地になっていました。
なにかビルのカケラでも持ち帰りたいと思ったものです。
日本では観光の種にならない限りは都市の記憶がことごとく抹消刷新されてしまいます。
ほんとうにつまらない風景がまた来年あたり、
ここにも現れることになるんでしょう。
明べぇさまがいつまでもご健在でいらっしゃることを願っております。

Edit | Reply | 
Wed
2015.01.07
08:53

明べぇ #6ycdSoqE

URL

中に入りたい

若き日に画廊のお嬢さんとして?通っていました。洲之内さんに手伝いを頼まれ、楽しい日々でした。私の正に青春の真っ只中が詰まった在処です。
こんなに鮮明に私の目の前に再現してくださり、ありがとう。
中にはいりたい!一心に中に入りたい!過ぎし日の我が青春の本質のところまでも!洲之内さんの絵を見続ける眼を思い出しました。ありがたい朝。

Edit | Reply | 
Wed
2013.07.10
01:28

タブロウ #3h4yWL0g

URL

No title

のまどさん、こんばんは。
こちらは毎日火がつきそうな暑さが続いていますが
予報でこれから3カ月は続くのだと聞くと、ぼーっとしそうです。

ところでそちらフランスからではありきたりのビルに映るかと思いましたが
それでも趣の残り香が伝わったようでうれしいです。
日本のとくに東京は、経済が最優先で物事が進められます。
江戸っ子はもちろん、地元の人はどこでも古いものを大事にするので、
よそから来た思い入れのない人びとが押し進めるのでしょうね。

洲之内氏のエッセイは虚実織り交ぜての文章ではありますが
日本の美術界に大きな足跡を残したのはまちがいないと思います。
本職の評論家などからはほぼスルーされていますが。

Edit | Reply | 
Tue
2013.07.09
20:10

のまど #-

URL

No title

タブロウさん、こんにちは。

アンティーク好きには、今回の画像は堪らなく魅力的です。
文章も提灯記事ばかりの美術雑誌より、読み応えのあるエッセイでした。

洲之内徹は松山の人で生家があった場所は、大街道の入口辺りだそうですが、近所の住人でさえ知らないでしょうね。

私の住んでるアパートも恐らく1700年後半か1800年頃の建物だと思いますが、イタリアなどは古い物件の方が家賃が高いそうです。
こんな風格の在る建物が再開発で取り壊されるのは、何とも勿体ない話だと思います。

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