日本の戦争遺跡の記録

 16, 2013 01:43
8月15日に間に合わせるよう急いでいた友人のカメラマンの写真集がやっとできた。
今ではもう古いつき合いになってしまった彼は、
日本国内外に残る主に太平洋戦争時の激戦の息づかいを今に残す
いわゆる戦争遺跡をもう20年近く撮り続け、同時に講演などで戦争を知らない世代に
日本がかつて行った戦争の記憶を語り継いでいる。
といっても彼も私も戦争を実際には知らない世代だ。
戦争遺産

取材をはじめたときは「戦後50年」という言葉があったが
今や「戦後70年」も目の前になってしまった。
その70年を経て、明治から昭和にかけての戦時に使われた軍事施設、
銃弾跡、いまだ放置されたままの戦艦、戦闘機、戦車、
そういったいつ廃棄され、消滅してもおかしくない「戦争遺跡」の撮影とは
被写体の物言わぬ静寂に包まれた姿とは裏腹に、時間との戦いだ。
取材費が貯まったら出かけようなどとゆっくりしていたら
開発の波にのまれてあっという間になくなってしまうのである。
実際、最初に出版した写真集に収められた戦跡は多くがすでに消滅している。
ものだけではない。
戦争の実体験を語れる生き証人もかなり高齢になられている。
話を聞ける時間も限られているのである。
私は何ほどのバックアップも出来なかったけれど
その最初の頃から主に展覧会のレイアウトやDM、写真集のデザインなどを
すべてではないけれども手伝ってきた。
ふだん馬鹿話ばかりしている僕らは以前紹介した東急ハンズの仕事以来のつき合いだ。
広告カメラマンとして生活の糧を得ながら並行して、
あるテーマを追う写真家として立つことを志していた若い日は
同時にライフワークのテーマを探し求める日々だったように思う。
さまざまな受賞歴と個展での発表を重ねながらも
本当のテーマが見つからなかった焦燥は目に明らかだった。
それが20年前に戦跡とういうテーマを見つけてからはまさに水を得た魚であり、
以降は山を超え野を超え、車に寝泊まりしながら撮影に没頭してきた。
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フィールドはやがて海外へも広がり、
活動も撮影にとどまらず遺骨収集や特攻隊の取材へと広がった。
フリーとして独立すると同時に得たライフワークのテーマ、
カメラマンとしてこれ以上の幸運もなかったが社会の事情は追い風を送らず、
ここから景気は落ち込み続け、とくにカメラマンの仕事は目に見えて減っていった。
その間、日本の100人の写真家にも選出され、
岩波書店や自費出版を含めすでに10冊の書籍を出している。
にもかかわらず、今も変わらず食うや食わずの状態が続いている。
世の中とは上手くできたもので、元大手商社勤務だった彼の奥さんは
夫の減ってゆく仕事を自らの派遣仕事で補い、彼とその生活を陰日向にずっと支え続けた。
奥さんなしに今の彼はない。
しかしリーマンショック以降はその派遣仕事さえも激減し、
取材はおろか生活費を支えるのも難しくなってきた時、奥さんは亡くなった。
二人三脚の取材の日々は、二度とできなくなったのである。
苦難はそれにとどまらず、
これまで金銭的にも精神的にもバックアップを受けてきた後援会が突然解散する。
度重なる逆風に私など何の力にもなれず、今後の進み方をただ見守るだけだった。
そんな彼が、残る力を振り絞って作ったのがこの写真集である。
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ここで何かを売るために文章を書くのは本当に心苦しいけれども
今回だけはお許し願いたいと思います。
この冊子の販売によって何とか取材費を作りたいと私共々願っているので
興味のある方はぜひご購入いただき、戦争遺跡というものがどんなものか
平和な今の日本も半世紀前には戦場だったことをご覧いただきたいと思っています。
わずか24ページの薄い写真集ですが、カメラマンのこれまでの戦跡取材活動と足跡が
200点近くの写真と文章によって俯瞰できる、著者渾身の内容になっています。
自費出版なので書店で入手は出来ず、注文は以下の安島氏HPからお願いします。
どうぞよろしくお願いします。

安島太佳由のホームページ

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