二度目の五輪の意義

 12, 2013 02:05
オリンピック競技を見るのは好きだ。
しかしそれでも今、素直に喜ぶ気にはどうにもなれない。
「原発事故の汚染水は完全に遮断して、コントロール下にある」
IOCでの首相プレゼンは「結果オーライ」なのだろうか。
日本にいる人なら誰だってこれを信じる人はいない。
明らかなウソを日本の首相として世界に向けて公言し、
当の電力会社が「それは事実と違う」と意見したのを海外はどう伝えたのだろうか。
非難を浴びせる間もなく東京開催が決まって、
不景気の空気をいっぱいに吸い込んだ日本は、祝勝報道一色の大歓迎に湧いた。
首相の支持率は70%を越え、
ここで茶々を入れる人間は空気の読めないへそ曲がりとなる。
しかし皆が同じ方向を向いた時は、ひとまず立ち止まって考えたい

1964年と2020年の五輪開催の意義の違いはなんだろうか。
初めての日本での五輪も万博も、敗戦を経て焼け野原から奇跡の復興をとげ、
ようやく諸外国に日本という国を見せられる、
ようやく外国人をお迎えすることができるようになった、
それこそ「おもてなし」を見せる日が来たのだと、そういう意義と意気込みがあったろう。
五輪の東京と万博の関西で、そのとき生まれて初めて外国人を見た人は多かったはずだ。
下って先進国が二度目の五輪を開催する時の意義とは、
どんなにきれい事を言っても行き着くところ経済効果なのだと思う。
その意味で、先進国で五輪を開催するよりも、
新興国で初めての五輪開催の方が遙かに文化的な意義はあると思う。
日本もかつては新興国だった。
当時銀行で配られた下の貯金箱も、「ようこそ」感あふれる素朴なデザインだ。
こういう時代のディテールにこそ、当時の空気感や人びとの気持ちは表れる。
オリンピック貯金箱
日本はこの五輪開催のカンフル剤によって今しばらくのバブル景気に湧くだろう。
「これで原発事故の処理を国が責任を持って進められるようになった」とTVでは言うけれど
それは五輪に関係なく当たり前のことを今までしてこなかっただけのことだ。
これから東京には建設工事が交通渋滞を起こすほどに集中する間、
被災地で今も足りない建設作業員や建設機械、ダンプなどが首都圏に移動し、
震災の復興はこれまで以上に遅れるのではないかと、
へそ曲がりはそんな心配の方が先に立つ。
スポンサーサイト

COMMENT 0

WHAT'S NEW?