やなせたかしの「やさしいライオン」

 16, 2013 18:18
やなせたかしさん逝去の報が全国に伝わったのは、
大型の台風が列島を駆け抜けた15日、実際に亡くなったのは13日だったそう。
今の子どもを含む若い世代は知らないものはまずいないと言ってもいいのだろう。
これほどに愛されたキャラクターを作り出した人は日本にそう多くはいない。
子を持つ親にとって、アンパンマン、トーマス、ドラえもんにサザエさんなど、
子供に安心して見せられる作品の存在は何よりありがたいものだった。
私自身はもちろんアンパンマン世代ではないが、
享年94歳だったのだからもっとなじみがあって良さそうなものだ。
そうでないのは、やなせさんが漫画家・イラストレーターとして脚光を浴びたのが
70歳に近い超遅咲きだったからだ。
やなせさんが尊敬した手塚治虫は亡くなってずいぶん経つが
やなせさんの方が9歳も年上だった。

仕事柄、やなせさんが若い時に三越百貨店宣伝部にいて
猪熊弦一郎画伯のあの包装紙デザインに関わったことはエピソードとしては知っていた。
えんじ色のベタ面の所に小さく入っている
「Mitsukosi」の筆記体文字がやなせさんの手によるレタリングで、
それは今も目にすることが出来る。
やなせさんの絵の色合いやコスチュームのデザインが洗練されているのは
長くデザインに携わっていたことにも由来するのだろう。

私が忘れられない絵本は「やさしいライオン」だ。
(というか、やなせ作品はこれとアンパンマンしか読んでいないのだけれど)

やさしいライオン

フレーベル社からの刊行が1975年だが、当時読んだとすると中学生だったことになる。
なのでひょっとすると、見たのはTVのアニメーションだったかもしれない。
アニメの方は、手塚治虫が自身のアニメ作品に関わってもらった御礼として
虫プロ、というより手塚治虫のポケットマネーで1970年に制作したものだ。

老いてゆく母がわりの犬と猛獣として成長してゆくみなしごライオンの
悲しくもやさしすぎる物語は今思い出しても胸にぐっとくるものがある。
自分に将来子供が出来たらぜひ読ませてやろうと思っていたが
子供ができて、さて本を買うかと開いてみると、あまりの切なさに棚に戻してしまった。
しかしラストに至るまで美しい絵と物語がまったくゆるぎのない傑作だと思う。
やなせさんの絵のキャラクターは本作に限らず逆光の中にいるシーンが多い。
絵本のアンパンマン第一作は全編斜め後ろからの逆光を浴びている。
これはやなせさんのせつなさの美意識の現れだろう。

やなせさんは兄を特攻隊で亡くしてるせいもあって、強い反戦感情を持ち続けたそうだ。
70歳を過ぎて花開いた人生から紡ぎ出された言葉は示唆に富み、味わい深い。

 正義のための戦いなんてどこにもないのだ。
 正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい。

 困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、
 立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。

 もっと若い時に世に出たかった。
 ただし遅く出てきた人というのは、いきなりはダメにならない。
 こんなことしてていいのかと思っていたことが、今みんな役に立ってる。
 無駄なことは一つもないですね。

私にはこの↑言葉の方がありがたい。
そして最晩年のとぼけた詩も楽しい

 老年ボケやすく 学ほとんど成らず
 トンチンカンな人生 終幕の未来も なんだかヤバイ
 それでも笑って ま、いいとするか
やなせたかし 幸福
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