現在の時が過去の時を塗りつぶす日々

 03, 2013 01:26
Blogは来年の今ごろも、(誰かを中傷する以外は)自由に発言できる場であるだろうか。
政治やデモの話などちっとも面白くはないし、
自分ごときが話題にするものでもないと思っている。
人間一生の間にやるべきことは多く、そのために持っている時間は少ないのだ。
しかし原発事故以降、ふつうに生きるためにはこんなことにも時間を割かざるをえない。

どう読んでも聞いてもよくない法律が今週にも決まってしまいそうだ。
ひとつの団体に圧倒的多数の支持を与えるというのはこういうことだ。
選挙はとっくに終わってしまった。
ほかにどういう反対の意思表示をするアイデアもなく、
原発再稼動の時と同じように国会近く、参議院会館前のデモに出かけた。
ほかにもっと効果的で、スマートな方法があったら誰か教えて欲しい。

反原発のときに比べ、そこにあったのはずいぶん切ない集会だった。
現地での発表で600人くらい、反原発デモの数十分の一程度である。
近くでは反原発のデモが別に集まっている。
こちらと同じくらいだろうか、暗くてよくわからない。
反原発と反秘密保護法、
表裏一体のふたつの意志がなぜ別々に声を上げているのか、不思議だ。
週末渋谷ではさらに少なく150人ほどだったそうで、
こちらは警備した警官の数の方が多かったかもしれない。
昨年盛り上がった原発再稼動に反対するデモは真夏の炎天下にあったが
今回は指先凍える初冬、暑さより寒さのほうが耐え難い。
参加しているのが高齢者と女性ばかりなのは今回も同じだ。
反原発の時は家族連れも多く、昼間はそれを当て込んで屋台も出ていた。
与党からテロリスト呼ばわりされているデモの実像とは、実際こんなものである。
文化人、マスコミは原発以上に直接仕事に影響があると思うけれどほとんど顔を見ない。
高齢の大江健三郎氏のみ、寒空にたったひとりでやってきていたそうだ。


あまりにも大きく重すぎる出来事がつぎつぎに目の前に現れ、
それについて深く掘り下げるまもなく次の出来事が現れる。
現在の時が過去の時を塗りつぶす。
記憶と意味を抹消、削除しながら時というのは進んでいく。
辺見庸の新しい本にそんな記述がでていた。
私の中身は容量が小さく、
過去が現在に置き換わらないと、やはり新しいことに直面できない。
この過去から未来へ並んだ時間の列の先はいったい、どうなっているのだろうか。

20144429
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