串田孫一の言葉の凄み

 18, 2013 01:13
串田孫一

辺見庸の「いま語りえぬことのために」の中に、串田孫一の文章が引用されていた。
辺見庸と串田孫一、これまで交わることのない文章世界だと思っていたのに意外だった。
辺見庸は過去に一度だけ串田孫一に会い、一時間か二時間ほど会話したことがあるという。
そのわずかな時間は、かつてなかったほど豊かで、
豊穣な言葉を聞く喜びにあふれた時間だったと書いている。
まったく意外だった。
串田孫一は哲学者であり、思索者であり、随筆家で詩人で登山家であった。
今もさまざまな雑誌や、多くは若手のエッセイストに気軽にとりあげられているのは
山を歩きながら思索をめぐらせ、味わいのある随筆を書く人としてである。
平成まで生きたがやはり昭和の人であり、その文章は今読んでも新鮮であるものの
懐かしい人というイメージはある。
いっぽう辺見庸は通信社記者から作家となり、詩人となった人だ。
現代を衝くジャーナリスト的な作家であり、小説を書いては芥川賞作家でもある。
詩人という共通点はあるものの、エッジから受ける印象はずいぶん異なっていた。
百名山で有名な深田久弥を、小説を読まずにエッセイストとしてしか知らないのは
作家の本質を知ったことにはならない、といわれるように、
串田孫一を思索者として知らずに山好きの散文家としてだけ知っているのは
本当に知っていることにはならないようだ。
私はまさにその一人で、山の随筆家だと思ってきたし、
それ以外を知る必要もないだろうと思っていた。
畦地梅太郎とも山の雑誌「アルプ」を通じた盟友であり、
旅先で描いた抽象に近いさまざまなスケッチは、文章家の余技を超えている。
串田本の魅力の一つは、この軽妙なスケッチが文章とともに多く収められていることだ。
ちなみに私は串田の「ひとり旅」が、装幀も含めてとても好きな一冊、
そのうちここにも書いてみようと思う。
串田孫一 ひとり旅

しかし、辺見庸が繰り返し読んだという串田の「寒月の下での躓き」を読むと、
「法外なまでに射程の長い想像力を持った悪魔」の言葉だという評が、
今度は私の前に立ち上がってくる。
共感とともに恐れを抱く言葉、
以下はその引用部分(「思索の遊歩道」より)である。


人は、自分のこれまでの生命の道程は長かったとも短かったとも思えるものだが、
今それをゆっくり辿り直してみようと思うと、一切が片々としていて、
何故かずっとこうした寒月の凍った夜道だったような気がする。
自分が経験したことは夢ではなく、事実だったのだろうが、
過去はすべて例外なく、もう溶けることのない凍った世界に閉ざされ、
これを揺り動かすことも、叫んで呼び戻すことも出来ない。
専ら森閑とした幻影として凝結したままのものである。

私はこのことが何となく悲しくなり、冷たい過去の巨大な器から、
これと思うものを掬い上げ、現在の体温でゆっくり温めて、
蘇生させることが出来ないものかと願う。
だがそれは不可能だと判っているから願うのであって、
若し蘇生が可能となれば、それを拒み続けたい迷いが必ず起こるのではないか。

過去は閉ざされた扉の彼方で、恐らく永遠に凍ったままだと判っているから掬われ、
ただ自分の羞恥の想いがそんなことを想わせたのかもしれない。
寒月の鋭い光の中で、私の想いは躓きそうになる。



山を歩きながら串田孫一は、
このような凄みのある言葉をつぶやいていたのである。
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