「隅田川夕景」

 09, 2014 02:52
隅田川(油彩、P4)

連休中、出久根達郎さんの「佃島ふたり書房」を読んだ。
読み終わって「はて、佃島ってどんなところだったか」と思って出かけてみた。

出久根達郎さんの本は随筆も小説も大好きだ。
東京下町の人情と愛情を風情のある筆でうつす、あたたかな語り口がすばらしい。
しかし出久根さん自身は集団就職で上京してきた茨城の人である。
月島あたりを舞台にした小説は、古本屋の小僧として働いた著者が見た、
ほとんどが実体験のように思える。
話に出てくるエピソードが、自身の経験として随筆によく出てくるからだ。
処女作の「古本綺譚」なんかの話は、事実と小説の境目がわからなくなる、
それも魅力の一つである。

東京に身一つで出てきた頃、私は台東区や墨田区など、都内の東の方へ住みたかった。
諸処の事情があって杉並の方へ住んだが、以後も東へ移ることはできず、今に至る。
東に惹かれたのは、その頃読んでいた今東光や永井荷風なんかの影響があったからだ。
深川といわれる町の銭湯から、日本髪の女性が出てくる幻を見るような、
浅はかな誤解をたくさんしていたと思われる。
それでも休みの日や営業回りでこのあたりに何度か足を運んだ。
家庭を持つまでの 6年間ほどは月に二回、早朝車を飛ばして月島の富岡八幡神社の骨董市へ通った。
今地図を見ると、佃島はその通り道だったことを知った。
なのに町のことは何一つ知らない。

自宅から月島までは地下鉄で30分とかからない。意外に近いのだった。
しかし佃島界隈を歩き始めてちょっと後悔した。
巨大なタワーマンションが林立しているからではない。
その下に寄り添うようにして残っている古い街並みは
観光地ではなく、住人の生活圏である。
見慣れない人物が路地深くまで歩き回るのは住人にとって気持ちのいいものではない。
住人とすれ違うたび、そういう空気を感じてしまうのだった。

夕暮れ時になり、来るときに渡った相生橋のところへ再び来た。
川に浮かぶ屋形船は、早くも提灯に灯りを入れている。
酒もあまり飲めないのに、ああいう船に一度だけ乗った頃がある。
どういうわけか、乗せていた料理は天ぷらといなり寿司だけだった。
接待だったのでやるべきことは多く、障子は締め切って川の風情を味わうこともなかった。
以来、乗りたいと思ったことはない。

橋の下をゆく船は速度を上げている。
急いでいるところを見ると、まだ客は乗せていないようだ。

佃島街角
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