「谷中、ヒマラヤ杉のある三叉路」

 07, 2014 02:09
谷中、ヒマラヤ杉のある三叉路油彩、F4)

有元利夫の妻、容子さんのエッセイに谷中のことが書かれていた。
画家は疎開先からこの下町に戻ってくると、終生ここで描き、亡くなった。
下町の風景と画家の作風であるイタリア中世の宗教画や壁画と、接点はどこにあったのか。
「寺町」といわれるほどお寺が多いこの町を夕暮れ時に歩けば、
重なるところがうっすら見えてくる気がする。
たまたま(別の本だが)Amazonの(「閑居人」という人の)読者評を読んだら
これがとてもいい書評で、在りし日の画家の姿だけでなく、
この町や当時の大学の自由で楽しい雰囲気を伝えて興味が尽きない。
画家自身の母校の芸大があり、日本を代表する美術館や博物館が
数多く集まる上野の裏に位置するこの町は、
寺と墓地と古い商店街のある下町であると同時に、芸術の薫り高い町であることがうかがえる。

そういう町に暮らす日常に思いを馳せていたら、友人から電話があった。
今年の初めに近所からの出火、延焼で店を焼失したアンティークショップの店長だった。
池之端にあった彼の店も谷中から歩いて10分とかからない場所にあり、
前年に開いたばかりのギャラリー兼イベントスペースもまた隣接する根津にある。
そこのギャラリーで、店を再開するために企画したイベントへのお誘いだった。
彼とその奥さんご夫婦もまたすぐ裏にある芸大が母校である。
ここを離れられない魅力が、この町にはあると思わざるを得ない。
谷中付近を歩くことと、友人の店の再開が決まったこととの二重の喜び、
頭の中にあった風景がひとつにつながり、喜んで出かけた。

会場の最寄り駅は根津だけれど、上野から歩く少し遠回りの道が私は好きで
その日も上野駅から歩き出し、不忍池から下町の路地をめぐりながら向かった。
その途中にある、ヒマラヤ杉のある三叉路はいつも立ち止まってしまう風景だ。
戦災を免れた古い家屋と谷中名物の墓地の中に突然現れるヒマラヤ杉の大樹、
もとはその根元にある小さな民家、パン店の主人が育てていた植木から生長しての大木である。
とすると、樹もその家も明治時代に生まれたことになる。
ここを通りかかるときはいつも夕暮れ時で、私にはそれ以外の時間帯の風景が思い浮かばない。
上で書いた有元利夫の評伝のタイトルもまた「早すぎた夕映」で
この町は夕暮れ時がよほど似合う町と言えそうだ。
パン店を裏に回ればすでに相当の朽ち方をしていて、
ここも「かつてあった風景」になるのは、遠い先ではないと思われる。
帰って調べてみたら、ここはかなり谷中でも有名な散歩コースらしい。
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Tag:油彩 Landscape Paysage 風景画

COMMENT 2

Mon
2014.06.09
00:09

タブロウ #3h4yWL0g

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のまどさん、こんばんは。

実は火事のニュースは、友人から直接電話をもらうまで知らなかったのです。
遠いところのニュースはすぐに飛び込んでくるんですけれどもね。
灯台もと暗しです。

今日はバルテュスを見に行ってきました。
30年ぶりに見た作品はすばらしかったです。
とても得ることの多い展覧会でした。
その帰り、再びここを訪れました。(あいにくの雨でしたが)
谷中、根津あたりはとてもいいところですね。
今、もう一枚とりかかっています。
うまくいけばいいですが。

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Sun
2014.06.08
04:37

のまど #Ufx3x5dU

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こんにちは。
良かったですね、お友達の再出発が決まったのですね。
私は毎日日本のニュースに目を通すものですから、その火事にニュースは記憶に在ります。
まさかタブロウさんのご友人だとは。。

ヒマラヤ杉の画が秀逸です、そして懐かしい日本の風景に癒されました。

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