ドログバ選手

 17, 2014 22:37
サッカーワールドカップの話題がどこを見てもあふれている。
前回大会最も印象的だったカメルーン戦のことを思い出し、
あれからもう4年経ったのかと驚く。

今回の大会、セガレたちとやはり日本代表を応援しているのだけれど
見ていて、前回大会ほどには日本チームに思い入れが強くならない。
露出の多いメインの選手たちがインタビューで力を込めて語る言葉が上滑りしているように感じる。
みんな「本田選手を中心とする代表チーム」に違和感を感じているのではないか。
以前、三浦カズ選手が最後の代表選考に落ち、合宿先からひとり帰国したときのことを思い出す。
本田選手が開会前からあれほどの不調ながら、今なおWCのピッチに立てるのなら、
カズは仏WCに出られたんじゃないのか
と思ってしまう。
4年前に底知れぬスタミナで走り続けた野生児長友選手は、いつも土と汗まみれの印象があった。
今大会のインタビューで見ると、いつ見てもシャワー後のような
品良くこざっぱりとした表情に見えるのは気のせいだろうか。
海外組の表情に見え隠れするエリート意識と、それほどには差を感じられないJリーグの選手が
彼らを支えるような役回りを引き受けているようにみえる舞台が、今回のブラジル大会のように思える。
WC人気を当て込んだCMの出稿量の大きさにも最近嫌気が差していることもある。
今までの大会でこんな気分で日本代表を見たことはなかった。
(それでも、大久保選手と(海外組ではあるが)岡崎選手は応援しているけれども。)

・・・・

週末のコートジボワール戦はセガレのサッカーの試合のあとに、家族でビデオで見た。
結果が何となくわかっているだけにぼんやりと見ていた。
はっとしたのは試合後半、故障と高齢のための限界説が言われていた
ドログバ選手が途中出場してきたときのことだ。
TVに写ったその姿に強烈に惹きつけられた。
ドログバ選手が出た瞬間から流れは全く変わったという報道もあったが、
それは単にわずか2分間に日本が逆転されたということだけではなく、
私にはそのオーラが日本を含むどの選手とも全く違い、見ていてため息が出た。
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ドログバ選手というのは故国で並々ならぬ尊敬を集めている人物らしい。
それは偉大なサッカー選手という狭い範疇で語られているのではない。
最近まで、コートジボワールは国内の南と北に別れて激しい内戦が続いていた。
 コートジボワールはかつて、「象牙海岸共和国」と呼ばれていた。
 輸出品で名を呼ばれる国の情勢、推して知るべしだろう。
2005年に独WC出場を決めた試合のあと、彼はTVカメラに向かってひざまずき、
内戦をやめるよう北に、南に西に、そして中央に向けて懇願した。
なんとそれから一週間後に実際に戦闘が止んだという。
さらにその後2007年には、当初南部で予定されていたアフリカ選手権の重要な試合を
当時敵対していた北部で開くよう大統領に直訴した。
「偉大なるコートジボワールの国民の皆さんは出身地に関係なく、
 一緒になってコートジボワール代表チームを応援して欲しい」と。
ちなみにドログバ選手は南部出身である。
そして北部の反政府軍の拠点都市で開催されたこの試合がきっかけとなって国は再統一へと進んだ。
反政府軍の元リーダーは、国家統一はドログバの行動のおかげであったと後に述べている。
英雄と呼ばれる彼の人物像が浮かんでくる。
選手としては高齢といえ、まだ36歳であり、その当時は20代の若者であったということにも驚く。
さらに彼はその後、国内の貧困地域に自らがお金を出して今も病院を建て続けているそうだ。
(確か現在6ヵ所だったと思う)
貧困地域に病院ができることにより、われわれが想像する以上に多くの人の命が救われる。
やがて子どもたちはそこの医師になることを目指して勉強するようになり、
それによって教育のレベルも高くなっていくという好循環が生まれる。

そう聞いてもう一つ思い出すことがある。
前回大会でドログバ選手含むコートジボワールはWC強化試合で日本と対戦した。
そのとき日本の選手と交錯して不運にも骨折したことを覚えている人は多いだろう。
(南ア大会には参加していなかったかと思っていたが、回復が間に合って、出場もしたようだ)
あのとき、私はドログバ選手のことをよく知らなかった。
今回の日本との対戦を、コートジボワールの選手や国民はどういう目で見ていたのだろうか。

ドログバ選手が後半に出てきたとき、神々しく見えたのはその姿の印象だけではなく
他の若いチームメイトから向けられる尊敬の念の強さが
ひしひしと伝わってきたからではないだろうかと、今は思ったりする。
Drogba-1
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