日曜美術館「関根正二の青春」

 11, 2014 01:52
先週は関根正二だった。
日曜美術館ではこれまで何度か関根正二を取り上げている。
中でもはじめて取り上げられた昭和51年(38年前!)に放送されたものは
これまでの全放送中、最も評価の高かった回にもかかわらず、
私は残念なことに見たことがなかったのだ。
ここでも何度か触れたけれども、その回には関根と親しく交流のあった今東光がゲスト出演した。
20歳で亡くなった関根とはおそらく数年を共にしただけだったろうが、
今東光は生涯関根のことを語り、書いた。
専門の研究者からはどういうわけかスルーされ続けてきたが、
夭折の画家の身近にいて、その晩年を見ているエピソードは貴重だ。
「信仰の悲しみ」に描いた恋人の田口真咲を、仲間の東郷青児にとられてしまったことなど
今東光以外の誰も書き残していない。

その今東光の映像は今まで初回だけ放映されたものの、
その後の日曜美術館の関根の回には以後一度も引用されていない(はず)。
幸い活字になったものがあったのでそちらを読んでいたが、
いつかその肉声を映像と共に見たいと思っていた。
それが今回の放送で挿入されていたので驚き、興奮してしまった。
最近のこの番組は変な工夫を凝らしたり、
ゲストが明らかなミスキャストだったりしてがっかりさせられることが多く、
今回もそのつもりで見ていたらいい方に裏切られた。
昭和51年放送分だからカラーのはずだけれど、演出だろうか、白黒映像だった。
今東光(日曜美術館)
半分くらいにカットされていたようだけれど、それでも満足した。
やはり実際に見ている人の話はたったひとことでも重い。
今回、ゲストの人の話は主観的な感想が多く、
残念ながら興味を持てるものや新しいことは何もなかった。

私が最も好きな関根の作品は「子供」だ。
この作品はブリヂストン美術館にあり、私が東京へ来たとき、真っ先に見に行った。
美術館Blogにはどういった経緯でここに収蔵されるようになったか書かれていて興味深い。
背景の青をよく「セルリアンブルー」と書いてあるが、
写真で見る限り子供の周囲だけで、あとはメインの絵の具はウルトラマリンに見える。
バーミリオン同様、セルリアンブルーも高価な絵の具なので、
これだけしか使えなかったのではないだろうか。
TVでは「ここで筆を置いたところに関根の天才を思う」と言っていて私もそう思うけれど、
近所の子供にあめ玉をナメさせてモデルにしたそうだから、
あるいはなめ終わったところで筆を置いたのかもしれない。
画の手をみるとそんな気がする。
子供

この頃の絵描きはよく本を読み、思索を深めている。
20歳でなくなり、絵の具も買えなかった関根も10代でストリンドベルヒを読んでいる。
常に食い詰めていた長谷川利行もニーチェを愛読し、図書館ではかなり難解な書物を借り出していた。
そういう背景があるから少し難しいタイトルが画に付いていても、違和感がないのではないか。

今回の番組では放映されなかったが、今東光は最後に
「ひとつはっきりしていることは、私は消えても関根は残るということ」と語って、涙したという。
人生というのは終わってみればあっという間かもしれないが、
60年前に死んだ若干二十歳の友人の遺したものが、
いっそう輝きを増しているのを目にする気持とは、いったいどういうものだろう。
関根正二は1919年(大正8年)スペイン風邪、つまりインフルエンザをこじらせて亡くなった。

今東光は関根正二という友人を持って、画を志す若い人にいつも
「今描いているものが絶筆だと思って描かないといけない」と語っていた。

なお、番組の再放送は今週末13日夜にある。
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