新年へ(「一本杉と三笠山」)

 04, 2015 01:36
三笠山遠望(ペン、色鉛筆)
あけましておめでとうございます。
本年、皆さまにとっても、よい年になりますように。

新年は本当に久し振りに奈良で迎えた。
ひとりでの帰省だったので、時間をつくっては写生に出かけもした。
父の体力の衰えを見るにつけ、早く何とかしないとという気持が焦りのようにもなってくる。
父へ、何か力のつく料理でもつくって食べさせてやろうと思っていたが、
「座っとれ」と、味噌汁をつくり、米を炊くのは父の仕事となった。
私はただ、子ども時代のように出されたものを食らうばかりだった。
東京の味噌汁とこちらの父が作る味噌汁、奥さんには言えないけれど、
正直、父のほうがうまい。

元旦の午後、奈良はあいにくの雪となった。
画は大晦日の日、快晴の下、奈良の町を歩き回った時に見つけた風景。
旧市街に唐突にそびえる一本杉。
いや、たぶん杉ではなく他の樹木だろう。
幹のテクスチャーや、途中に見える瘤などが記憶の杉とはずいぶん違う。
しかし、こんなふうにすっくと高く天へ伸び、
先端部分で花火が散るように枝を放つような樹影は杉や松以外にあまり記憶が無い。
樹木の名前には不案内なので、とりあえず「杉」としておき、
その向こうに三笠山を望む感じがとても鮮やかなのでモチーフにした。
とても目立つ木なので、ここはきっとよく描かれているんだろうとも思う。
しかし、小さな紙面に描いたからか、腕が縮こまったせいか、
右下の倉は外へ向かってゆがみ、構図はしくじって、木を半分しか入れられなかった。

ところでこのめでたい木、
近所の人には風景の一部としてとても愛されているものの、
枝の真下に住む人にはかなり迷惑な木となっているらしい。
落葉樹のため、葉が屋根や車におちること、
葉が茂っているときには鳥の巣となり、フンがやはり落ちてくることがその理由だという。
「風景を愛す」とは、通りがかりの身勝手な趣味なのかもしれない。
そのうちにこの愛すべき風景も、過去のものとなる日が来るに違いないが、
そうなったときにはやはり残念で、なによりもったいない気がする。

奥の三笠山からは明日、新たな年のまっさらな日が昇ってくる。
未知の年となる新年は、きっとよい年となりますように。
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