4年後の東京

 11, 2015 13:45
メジロ

日々起こった出来事を、人、とくに日本人は忘れやすい。
とりわけ私はそうだ。
TVでは終戦の日が近づくと戦争をテーマにした特番が放送され、
そんな季節が来たのかと気づく。
阪神淡路大震災、オウムサリン、そして東日本大震災も同様。
特番はなくても、他にももっとたくさんの大事件が過去にはあった。
どの事件も起こった当時は、被害にあった人や家族を思いやり、
悲しんだり怒ったり、震えあがったりした。
戦争は経験していないけれど、
過去に起こった大きな出来事を身近に感じられる機会であれば
それは意味があるし、ありがたい。

今年に入ってまだ3ヶ月経っていないけれど、誰でも思い出すものに
シリアの人質事件、名大生、川崎河川敷中学生、淡路島などの猟奇的事件がある。
その間にあった政治への怒りというようなスパンの長いものは、事件の波間に埋没する。
考えもしなかったような大きな出来事が次々に起こり、
それら昨日の大事件は今日の事件に抹消消去されながら、私たちの日々は前に進んでいく。

今日は東日本大震災から4年が経った日。
以前も書いたけれど、北海道から来た弟が、東京の街中の明るさにびっくりしていた。
地方は節電のため、今も街中は原発事故以前より暗い。
事故で電力の影響を最も受けた東京がなんでこんなに明るいのかと。
ある人が書いている。
「いっこうに進まない」と言われる復興が最も進んだのは、
被災地から遠く離れた東京ではないのかと。
虎ノ門ヒルズ、日本橋再開発(コレドビル)、渋谷ヒカリエも
そこの渋谷で東横線と副都心線がつながったのも、この4年の間のできごとである。
首都高速の中央環状線が全線開通したのは先日のことで、
開通直後の映像では高級外車が次々に走り初めをしていた。
工事の遅れもなく、どれもが総事業費1000億円以上の公共性の高い工事だった。
さらに2020年オリンピックに向けたメガ事業が始まっている。
これら東京で投入された、あるいはこれから投入される資材人材を思い、
それらが東北被災地の復興現場で圧倒的に不足しているという現実に
東京に住む私はただただ申し訳なく思う。

4年前、復興に対して「オールジャパン」というキャッチフレーズが
あらゆる所で叫ばれていたのは、いったいどういう意味で使っていたのだろうか。
Twitter、Facebook、これら短く単純な文章に振り回される日常というのは
記憶の抹消・更新サイクルの極端な短縮を引き起こしている気がする。
言葉、表現の劣化が実は、人間の劣化を証明しているのだろうと思えてならない。
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