いつか国境にて 【旅と絵 その1】

 05, 2015 22:45
若い頃の旅、なぜもっとスケッチしなかったかと、
今になって思うけれど、その頃はやはり見るだけ、歩くだけで一杯一杯だったのだ。

border

宿で隣のベッドにいた旅行者に
「面白い国だぞ」とすすめられて、モロッコへ向かった。
夜行で南へ下り、ジブラルタル海峡を船で渡ったところは上陸してもまだスペインで、
そこからさらに歩いた先にモロッコ国境の街セウタがある。
(先日この国境をカバンに入って越えようとした子供がいたのはこのセウタでのことだ)
港から(たぶんバスに乗って国境付近まで行き)10分ほど歩いたか、
いつか歩いたような砂っぽい道の先に、数百人の旅行者たちが群がっていた。
見渡したところ、日本人はもちろん、アジア人の姿はひとりも見当たらなかった。
遠くから私を見ていたアメリカ人らしきバックパッカーが話しかけてきた。
「どこから来た?
「日本人か。入国するならあそこの窓口にパスポートを出すんだ。
 これから手続きするなら夜になるぞ。僕はもう4時間待っている。
 ここにいる奴ら全員待っているから、いつ入国できるかわからないぞ」
これはえらいところへ来たなぁ。
そう思いながら引き返すこともできないので、教えられた窓口にパスポートを出した。
「日本人か」と、ここでも聞かれた。

15分くらいたった頃、私の名前が呼ばれた。
あまりの早さに「間違いではないか」とも思ったが、
パスポートには間違いなく入国許可のスタンプが押されていた。
その間、さっきのアメリカ人を含め誰もモロッコ側へ入っていない。
とはいえ、国境には高いフェンスや、目に見える線が引いてあるわけでもない。
モロッコ人がくつろぐ1軒のカフェが見える「向こう側」と、
荒れ地に動けぬ旅行者が群れる「こちら側」があるだけだった。
「なんであいつが先に・・」という大勢の視線を集めつつ、歩いて国境を越えた。

その頃は湾岸戦争の直後だった。
後からモロッコの人とともいろいろ話す機会があった。
日本人の私だけがすぐに入国できたことにはそれなりの理由があったかもしれない。
日本人を見れば「医者か」と聞くモロッコの人は、極めて親日的だった。
国境で足止めを食っていたほかの旅行者達は、
私から見れば彼らは白人というだけでどこの国の人かはよくわからなかったが、
どうも当時、多国籍軍といっていた欧米の国から来た若者だったようだ。
あれから彼らは、入国できただろうか。

さて、歩く先には「カモがやってきた」とばかり、
目つき鋭く前歯の欠けた白タクの運転手の群れがこちらを見つけて、
やおら腰を上げはじめた。
平和な国からやってきたやせっぽっちの日本人は、
次は彼らを相手に交渉しなければならなかった。
町へ行くには、タクシーしか方法はなかったのだ。
行く先を選んで気をつけていれば、海外も今よりはずっと危ない所でなく、
日本が世界で最も平和な国の人だと思われていた頃の話だ。
スポンサーサイト

COMMENT 0

WHAT'S NEW?