「中国でよみがえる雪舟」

 13, 2015 17:54
雪舟の切手

先週末、NHKの雪舟の番組を見た。
中国国内では急成長後の拝金主義への反省が早くも高まり、
中国オリジナルの文化芸術の再評価が高まっていると伝えている。
雪舟といえば私がはじめて目にした雪舟の作品は、上の切手の図柄としてだ。(懐かしい)
小学生ながら国際文通週間の広重作「蒲原」と並んで好きな切手だった。
とくに好きだったのは、背景の岩山を表現する、太い垂直の線である。

番組では2014年杭州で、雪舟をテーマにしたシンポジウムが開かれた時の模様を伝える。
その中で、500年前の明の時代に中国に学んだ雪舟が
中国をしのぐ功績を残していることへの再評価が高まっていること、
それを端緒に、日本と中国の文化はもともと一体であったこと、
日中両国間の現在の関係は残念でならない、などの分析と評価が
中国の文化人や芸術家から熱く語られる。

中国4千年の歴史の中で、南宋時代が世界史上空前の文化芸術を残している、とは、
私がよく手にする中川一政や小泉淳作、野見山暁治氏らの本にもたびたび書かれている。
その南宋文化は母国中国国内では南宋の滅亡とともにまったく断たれてしまったが、
それが日本国内で多くが大切に残されている。
訪日した中国の画家らはそれらの文化財をはじめて目の前にするが、
その感動と尊敬の大きさが、画面から強く伝わってくる。
私自身、水墨画のことは歴史を含め、理解しているとはいえない。
しかし、ある芸術を通して他の国の人同士が理解し合えることは素晴らしい。
実際、東洋人どうしであるからこそ、の共感だ。

バブル期の投資によって短期間に大金を手にした中国の美術コレクターの一人が紹介される。
彼らは国内でも成金といわれているが、美術への情熱を語る口調は意外なほど静かで穏やかだ。
日本のバブル期のように、ゴッホや印象派ばかりを買い集めるのではなく、
水墨画など自国の優れた美術品を集めていることだけをとっても、
日本とはずいぶん違うなという印象がある。
中国では文革後に文化財を破壊し尽くした歴史があって、国内の文化財はかなり失われている。

中国に古くから伝わる古琴を奏でる老いた女性の姿や言葉も忘れがたい。
「古琴は自分だけのために弾くもの。楽しいときもつらいときも弾く。
 自分のためにただ弾くのが、私はほんとうに好きなのです」
無人島にいて描いた画が自分以外の誰の目にも触れないとしたら、
自分ははたして画を描くだろうかと、野見山さんは以前自著で自問していた。
このような内省的な文化は芸術全般に言えることだけれど、欧米にはないものだろう。

これもまた、昨今日本で席巻する「日本すごい」の自画自賛の流れにのった番組とも
あるいは考えられなくもないのだけれど、それを差し引いても考えさせられるところは多い。
もちろん、これをもって中国全体を語れるわけではないけれども、
日本における中国は、急成長による拝金主義や商標や特許侵害など、
ネガティブなことばかりが伝えられる。
それもまた事実なのだろうけれども、
隣り合い、多くは同じ漢字を使って生活している二つの国が、
ほんとうは仲良くしたほうがいいに決まっているし、
そのきっかけは政治ではなく、今や文化レベルからしか起こりえないような気がする。
番組で感じた共感やお互いの尊敬は大事にしたい。
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