提灯と太鼓【旅と絵 その7】

 02, 2015 11:24
越後曽根

新潟駅から、海岸にある坂口安吾の碑に向かった。
海沿いの道に続く家並みを見ると、なぜか実家の近くの風景が強く思い出された。
それはひなびた田舎道といったものではなくて、
新しくも古くもない、ふつうの住宅地にすぎず、そのありふれた風景が、
遠く離れた奈良の近所だけを思い出させることが不思議なのだった。

海辺にごろりと転がされたように置かれた安吾の碑には
 “ふるさとは 語ることなし 安吾”
と彫られていた。
碑はたしか尾崎士郎が建てたか、揮毫を寄せたはずだ。

夜、昼間の新潟の都会的な賑わいから離れるにしたがって、
時間をさかのぼるかのような田舎町へやってきた。
食堂で最寄り駅の様子を聞いたら、残念なことに終電後は締め切りになるそうだ。
野宿をする場所を探していると知った店のおばさん、
少し酔った店のお客らも加わって、心当たりの場所を挙げてくれる。
けっきょく、この先の神社の地蔵堂がよかろうということで、村の人の意見は一致した。
若かったから許された(?)のか、その頃はそんな旅の仕方をする者が時々は居たのか。
今(の年齢で)やればホームレスと見られるか、不審者として即通報されただろう。

お礼を言って歩き出すと、目当ての堂はすぐに見つかった。
さすがにこんなところで寝るのは初めてだった。
中は一畳の畳敷きで、天井までの高さが1mほどの穴蔵のような小さなお堂だ。
建て直されたらしくきれいではあるが、細部は暗くてよくわからない。
しかし山の中で夜は更けていて、今夜はここで寝るしかない。
人通りがないのを見極め、賽銭箱を乗り越え、思い切って戸を開けて中へ踏み込む。
気をつけたつもりが、ぶらさがりの鈴がガラガラと鳴る。
おれはなにをやってるのか。
店でごちそうになったコップ一杯のビールが少し回っている。
場所が場所だけに少々線香が煙っている。
さらに私がここへ入るときに紛れ込んだか、蚊が一匹、周期的に耳元をかすめてうるさい。
疲れ果てているのに、おかげでとうとう眠れないまま、朝を迎えることになってしまった。

外はまだ暗い明け方、うとうととし始めた頃、祠の外に人の気配がする。
チャリンと硬貨が賽銭箱に落ちる音がし、続いて「パン、パン」と柏手を打つ音。
続いて別の方向からまた人が。
チャリン、一呼吸おいて「パン、パン」
まだ暗いうちから、提灯片手に村人の朝のお勤めは始まる。
この秋の豊作を祈っているのだろうか。
敬虔な信心は今、堂の中で寝ぼけている私のほうへ向けられている。
村人は次から次へやってきて、中の私は息を凝らし、出るに出られない。
この村の人に勧められたとは言え、ここに入って本当によかったのだろうか。

やがて、どぉーん、どぉーんと大太鼓の音が、上の神社本殿の方から聞こえてくると
いっとき人通りが途切れたのを幸い、さっさと表へはい出した。
間一髪、むこうからふたたびお参りの人がやって来たが、
私はさっきまでそこに居た、今はカラのお堂に手を合わせ、
何事も無かったかのように南へ向かって歩き出した。
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