金山康喜の不思議な静物画

 23, 2015 00:52
暑い暑い、でもまだ真夏日とは言えないらしい。
その暑いさなか、チャリで世田谷美術館へ向かう。
2月、葉山に見に行けなかった金山康喜展が、一回り巡回して東京にきた。
金山康喜は亡くなった私の祖母と同じ歳だが、高齢のイメージはない。
33歳で夭折した画家の生前の写真といえば、
若い日に野見山暁治さんがスペインで撮ったものばかりを見ているからだ。
会場で大判に伸ばされたその写真を前にしたとき、
「ほんとうに『若い』という季節が人生にあるものだと、この写真を見るたびに思う」
という、2000年の金山康喜の回顧展に寄せた、
野見山さんの一文が思い出された。
金山康喜のパリ

金山康喜は大阪で生まれ、両親の故郷である富山で育ったが、
パリで野見山暁治さんが出会ったときには大阪弁だったそうだから
大阪の風土に深く根付いていたのだろう。
東大経済学部の大学院に学んだ秀才で、
同じく東大で美術史を専攻していた田淵安一とともに
在学中に猪熊弦一郎の画塾に通い、画の世界に入って行った。
二人は戦後ともにパリへ渡り、金山がソルボンヌ大学へ留学したのは、
その頃、誰もがあこがれた巴里で画を描くためだったのだろう。
そういう一般の学生が画へ傾倒するエピソードを知るにつけ、
この時代の美術が、個人の人生や社会一般へ与えていた影響の大きさが想像される。

以後サロン・ドートンヌやアンデパンダン展で頭角を現したところで病に倒れ、
治癒後また描き、思い立って日本へ帰国した翌年に若くして亡くなっている。
残した画は油彩で50点ほど。
本来なら全く無名の画家だろうが、野見山暁治さんの随筆に繰り返し登場したせいか、
ファンは意外に多いようだ。
私もそのひとりで、野見山暁治さんのエッセイを読んで興味が膨らみ、
古本屋で購入した2000年の回顧展図録を見て、忘れられない画家になった。
コーヒーミルのある静物
(「コーヒーミルのある静物」1957年)


見れば見るほど、不思議な画だ。
ほとんどが静物画だけれども、少数ながら風景もある。
外の暑さが引いてゆくような、体温の低さが際立つ青い画面。
一見不透明水彩で描かれたようなフラットで鮮やかな色彩と、
緻密で温かみのある絵肌にベン・シャーンを思わせるものがある。
ただ、ベン・シャーンと違って金山康喜の世界には意図的なメッセージは一切ない。
その頃、フランスのどこの家にもあった(だろう)コーヒーポットや天秤(はかり)、
電球、イスなどが、吊されたぺらぺらの紙の書き割りのように、
これも量感のまったく感じられないぺらっとしたテーブルの上に乗せられ、
まるで安物の舞台の一幕のように並んでいる。
このとりつく島もないような作風は、猪熊弦一郎の画塾へ田淵安一とともに通った、
最初の頃から既に持っていたのには驚く。
画家に必要なのは卓越した描写力よりも詩心、ポエジィであると、
この画家の作品を見てつくづくそう思う。
60年以上の時を経てまったく古さを感じないのは、
天性の都会的な色彩が与するところが大きい。
会場後半に展示された同時期にパリで活躍した他の画家の
自信にあふれた筆の勢いとはおよそかけ離れた頼りなげな、
しかし愛さずにいられない線とフォルム。
それが画家の病弱な体質から生まれてくるのであれば、
健康に恵まれない画家の人生も、不幸とばかりは言えないようにも思われる。

食前の祈り 1950年
(「食前の祈り」1950年)

野見山暁治さんのペンによって没後数十年たって浮かび上がった、
活字による金山康喜の輪郭は、時間の帳の向こうにくっきりと姿を見せて
永遠の若さを保ち続けている。
野見山暁治さんの筆力をうかがい知る一篇だ。
ちなみに野見山さんが日本で広く認められるきっかけとなった
若い日のブリヂストン美術館での個展は、
自らの死を一年後に控えた金山康喜が
なかば強引に取り決めて開催まで運んだイベントだった。

本展覧会の展示作品は2000年の時とほぼ同じだろう。
それとほぼ同数の、同時期パリで活躍していた日本人画家達の作品も展示されている。
分厚いハードカバーの図録は、金山康喜の作品が占める割合は半分ほどだ。
私見だけれど、2000年の図録の方が掲載作品の画像が大きく見やすいと思う。
金山作品のポスターが欲しいと思った。
しかしここ(世田谷美術館)はいつもポストカードと図録以外は作らない。
美術館を出てまだ陽があったので、砧公園の中で西日の当たった樹を描いて帰った。
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Tag:Landscape Paysage 風景画

COMMENT 2

Mon
2015.09.07
18:16

タブロウ #3h4yWL0g

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金山康喜はパリに渡った後、ベン・シャーンの作品を印刷物で見ていたと、
そばにいた野見山さんが書いておられます。
フォルムはそれ以前からすでにあのとおりで、それは体質的なものではないかと思います。
色彩とマチエールはその影響が色濃いですが、その下地作りは独特のものがあり、
さまざまな試行を繰り返していた時代の急死ではなかったかと思います。

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Sun
2015.09.06
19:13

PineWood #-

URL

ベン・シャーン

チラシを見たときベン・シャーンの絵画との共通性を感じ実際、最終日の今日世田谷美術館で目にして益々そう感じた。ベン・シャーンの場合テンペラ画だし、グラフィック・デザイン、タイポロジー、写真、ジャーナリズムとマルチなのだが、金山氏はどうか?カンデインスキーではないが、経済学の素養があった松本竣介風な音楽性も、心理的な表現主義で静物画、人物画のフォルムに迫る!メメント・モリの絵画思想すら感じさせてしまう内面性に深化した作品だ。社会派ベン・シャーンとはメッセージ性で一線を画すがベン・シャーン作品のもつ静かな佇まいがある。二人ともパリに夢見た世代という同時代性によるものなのか。

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