卸売市場の幻影

 06, 2015 01:08
築地市場
(オイルパステル)
めったに足を向けることのない霞ヶ関に出かけた帰り、
東銀座界隈を歩くうちに築地まできた。
東京暮らしも長いのに、築地市場を見たのはこの日がはじめてだった。
「懐かしいな」と思い出したのは、大阪の中央卸売市場だ。
築地も正式名は東京都中央卸売市場で、同じ卸売市場だから風景が似ている。
アーケードの屋根の下、
早朝まだ夜も明けないうちからセリで賑わう場内が目に浮かぶようだ。
大阪はその後建て替えられてしまったが、築地は移転を控えて古いままの建物が多い。
休みの日とはいえ、場内は10tトラックが行き交う。
建屋は立ち入り禁止になっているので、邪魔にならないよう壁沿いに歩く。

20歳前後の頃、大阪市中央卸売市場の青果売場で一年働いた。
その頃、市場には水路と陸路、そして鉄路が通っていた。
若かったせいか、大阪のほうが広かったように感じる。
貨車から直接セリの場へ荷が降ろされ、
競り落とされた荷はすぐに出荷を待つトラックへ運ばれる。
車が入ってこれない場内を自在に動き回って一度にたくさん運べるのは
なんといっても「ターレット」と呼ばれる電気自動車(上の画の右下にある青い一つ目のやつ)だ。
驚いたことに、35年近く経っても外見は今もほとんど変わっていない。
当時はブルドーザーなんかと同じ黄色だったが、その色のタイプも近くにたくさん並んでいた。
30年前にタイムスリップしたようなおかしな感覚になる。
排気ガスの出るガソリンエンジンのターレットもあったが、今はもうなくなっただろう。
新入りや免許を持っていないものは「でっち(丁稚?)」と呼ばれる大八車を引いたものだが
満載してもターレットの1/3ほども運べず、場内では端に寄って小さくなっていたものだ。
あらゆるところに機械化の波が押し寄せたが、
ターレットで運んできた荷のトラックへの積み込みは、今も一個ずつ人の手で行われているはずだ。
年末最後の日に正月の荷を10tトラックへ一人で運んだとき、積み終わるころには日が傾いていた。
それで時給は650円で、喫茶店のボーイより50円ほど高い程度だった。
まわりのアルバイトは中卒か高校中退、家業が立ち居かなくなった中年男性ばかりで、
早朝の重労働の割に安い時給は、そんな境遇の足下を見られていたような気がする。
店の社長は商売に鼻が効き、還暦をとうに過ぎていたが、商売以外に趣味は株だけだった。
当時既にファミコンで大企業になっていた任天堂の、
花札メーカー時代に買った株を大量に持っていて、
証券会社や銀行の営業マンが頻繁に挨拶に来ていた。
ここを辞めるとき、「またいつでも来い」と言われたのは気に入ってもらえたというより
安い労働力を重宝されたのだと思う。

市場の正面から入ると、この三角屋根のアーケードが現れる。
大阪もこのあたりがとてもよく似ていた。
だとしたら、二階は食堂だろうか。
ここを描くことにした。
朝になれば活気にあふれた風景に様変わりするはずだ。
ここら一帯は荷を待つ10tトラックが寿司詰め状態になり、
見通しはまったくなくなるに違いない。
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