無事帰宅しました

 12, 2011 01:07
幸い、私は家族とも無事でした。
今も東京は余震の続く中、今夜は家族は寝かせて
私は寝ずの番になりそうなので、今日のことを綴ろうと思います。
地震速報

昼食を済ませた3時頃、
今日は給料日だったので(経営者ですけど)新しいキャンバスを買おうと
いつもの画材屋に行っていたときに地震は来た。
・・・・
また少し揺れて収まるだろうと思っていたらどんどん大きくなった。
画材屋から出て廊下から、まだ揺れ続ける窓の外を見た。
正面の3階建てのビルが揺れているのがはっきりわかる。
震度は5くらいかと想像する。
間違いなく、私が東京へ来てから感じた最も大きな揺れだ。
長い揺れがおさまってラジオから東北が震源だったことを知り
ここ以上に大きく揺れたとすると、甚大な被害が出ていることが想像された。
画材屋はあれほど商品をうずたかく積み上げていたのに
商品が崩れたのはわずかであり、声を掛けると「大丈夫です」というので
今度は事務所に向かう。
驚いたことに、地震の時にあわてて飛び出していったおばさんが、
余震の続くなか今度はさっそく戻ってきて、なんと買い物を再開し、
店内の後片付けをしているスタッフに、勘定を催促するのだった。

事務所は机にのっていたものがほとんど床に落ちていた。
しかし、壊れたのがインク瓶一つだったのは何という幸運か。
本棚には転倒防止のストッパーをつけていたので大丈夫だった。
それを相棒とあらかた片付けたあと、自宅へ徒歩で向かった。
関東に大地震が来たら、歩いて一時間以内に帰れるのが自分の仕事のいいところか
と以前思っていたら、その通りになった。

普段は人通りのほとんどない通勤路に、
見たことないほど大勢のひとが歩いているのを見た。
電車はすべて止まっているのだ。

スーパー、コンビニで2日分くらいの簡単な食料を買い込み、自宅に戻った。
不安な面持ちの家族に迎えられたが無事でよかった。
家族の無事な顔がなにより心を落ち着かせる。
わが家のある古いマンションは外廊下の壁にヒビが入っていたが
そんなことは他に比べれば何でもない事がすぐにわかる。
TVでは、想像以上の被害状況が伝えられていた。
震源地の宮城を始め、東北、それにここ関東でも時間を追うにつれ、
被害の大きさが次第に明らかになっていった。

TVに映し出される津波に流される家屋、
そこではほんの数時間前まで、ごく普通の、
幸せな家族の生活が営まれていたはずだ。
食べていくだけで精一杯の人もいたはずだ。
この人達の明日からの生活はどうなるのか。
この非常時にわが日本は、過去例のない無能な政府に舵取りを任せている。
できればこの災害対応によって、「みなおしたぞ」と言わせてほしい。。

帰ってすぐに妻には夕食の支度を頼み、
私は花粉症で頭がぼーっとしながらも、
キャンプ道具と家族の着替えを車に積み込んだ。
こうしておけば、大きな揺れが再度来たときに
着の身着のまま避難してもすこし安心だ。
しかしまた、何も持ち出せないのだなと思った。
絵も持ってはいけない。また描こう。
本も持ってはいけない。また買えばいい。
家族だけを守るのだ。

まずは家族全員、腹一杯にして、とにかく寝れるときに寝させる。
私だけは起きて寝ずの番だ。
TVが伝える、まだ都心部で帰宅できずにいるひとのこと、
なにより東北の被災者の方の悲痛な現地報道を見ると胸が痛んで正視できない。
被災地ではレスキュー隊や関係者により、命がけの救出、
原発などではこちらも命をかけて復旧作業が行われている。
交通や社会インフラに携わる人たちは今も寝ずの復旧作業に追われていることだろう。
頭の下がることだ。すべての皆さんの無事を祈るしかない。

ところで山間部にもひどい揺れがあり
花粉がいっせいにはたき落とされたせいではないだろうか。
今までになく今夜は花粉症がひどい。

ということで、まずは私ごとで恐縮ですが、無事です。

p.s. hananoiroさん、ご心配いただいてありがとうございました。
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Tag:東北・関東大地震

COMMENT 4

Sun
2011.03.13
14:37

タブロウ #3h4yWL0g

URL

No title

hananoiroさん、ご心配ありがとうございます。

ご自身は私たち以上の被災体験をされていたのですね。

今、まだ地震から二日しかたっていないのにひどく時間が経っているような気がします。
私たちが普段使っている電気の供給元である(原発周辺に住む)住民の方々が
被爆の危険にさらされてるという現実になんともいえない後ろめたさを感じます。

関東からそれほど遠い地方でもない被災地の方々が
孤立している場所、足りないものがわかっているのにいまだ救済の手が及ばない、
先進国といえどもこの程度のことしかできない無力感があります。
一つの街の住民が1万人も安否不明など、考えられないことです。
「なんでだ?!」という言葉はいくらでも出てきますが
今はただ、残っている方々にせめてもの物資が届くこと、
そして救済されることをただただ、願うばかりです。
また、救済にあたっている方々、不眠不休で対策に追われている方々の
英雄的な行動になにか応援できないか、考えてみたいと思います。
子供達も「募金をしよう」と言っています。
このくらいしか今は考えられないんですが。。

Edit | Reply | 
Sun
2011.03.13
10:12

hananoiro #-

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No title

ご無事でいらっしゃって、よかったです^^
阪神大震災のときは私の住んでいる周辺は火災がひどかったのですが、
逃げる時間は燃え広がるまでにあったので。。
この大地震に遭われた東北の方々のことを思うと。。
本当に辛いです。
大震災のときは今、生きていることがどんなに奇跡的で、家族や友人や大事な人や
自分の命が愛おしくてなりませんでした。見知らぬもの同士が助け合い、
人の優しさと力を心から実感した貴重な体験でした。

今はただお祈りすることしかできませんが、がんばって乗り越えてほしいです!!

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Sat
2011.03.12
11:26

タブロウ #-

URL

お大事にされますように。

アイビーさん、
想像以上に大変な思いをされたようですが
ご無事でなによりでした。
それにしても何という幸運でしょう。
お嬢さんもこれで安心されるでしょう。
ご帰宅後はどうぞ安静にされますよう。お大事に。
お知らせと私の家族のことも、ありがとうございました。

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Sat
2011.03.12
09:17

アイビー #2toZYr9Q

URL

No title

ご無事で何よりでした。

私は羽田の搭乗口で地震に遭いました。
あと30分くらいで出発予定でした。
もう怖くて怖くて・・・。
数年前の福岡西方沖地震と同じくらいの揺れを感じました。
散々待たされた挙句欠航になり、交通手段もなく空港に缶詰となりました。
私は腰のヘルニアが悪化していて、やっと確保した椅子から動けませんでした。
JALもANAも前便欠航となり、一人置いてきた娘が心配で
(今回は主人と一緒の東京行きでした)
電話も通じず途方に暮れていましたが、
一便だけスカイマークが偶然にも福岡行きを運行することになり
それに乗ることができました。
周囲の人たちは空港で夜を明かすしかなかったので
本当に気の毒で。でも私達の幸運に感謝し泣けてきました。
交通のマヒがこんなにも恐ろしいものかと。

あの怖さを経験したからこそ、東北の人達のニュースに言葉が出ません。
まだ余震も続いているようですね。
タブロウさんご家族もどうぞご用心ください。

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