六郷の川辺風景(まどさんの画)

 04, 2015 00:25
六郷川辺風景(オイルパステル)

ここしばらくはしのげる仕事のめどがついたので、
ひさしぶりに多摩川へスケッチブックを持ってやってきた。
堤に腰を下ろし、スケッチブックを開いて気がついた。
持ってきたのは、全ページ描き終わったスケッチブックだった。
ぼんやりしていたようだ。
仕方なしに以前描いた画の裏に描いた。
しかもサイズもやや小さい。

いつもより早い時間帯にやってきたので、秋も後半とはいえ日差しが強い。
逆光に照らされた雲はフチの薄い部分が白く輝いている。
川岸ではそろそろすすきが穂をなびかせはじめた。
こちらも逆光の中では白く輝いて美しい。
ひと月の間に風景は移っている。
川の向こうは今年の春に中学生の命が奪われるという痛ましい事件が起きたところ。
ずいぶん時間が経ったように思えるが、半年前のことだ。
向こう岸に見えている工場は昭和の古い建屋が混じっている。
そこでは昔、詩人のまどみちおさんが守衛として立っていたことがあるという。
まどさんは我流で画も描いていた。
TVで見たが、すべて抽象画で誰にも似ていない、しかも立派な作品だった。
野見山暁治さんは、自分がひとりで無人島に生きるとしたら、
誰も見てくれないとわかっていて画を描くだろうか、と著書で自問していた。
まどさんはそれらの画を1960年代に集中的に描き、その後ずっとしまい込んでいた。
発表するつもりはなく、つまり自分のためだけに描いていたことになる。

人間というのは赤い色を見れば暖かく感じ、
青い色を見れば冷たく感じる。
丸い形は柔らかく、ゴツゴツしたものは堅く感じる。
そういう視覚的な感覚から人は自由にはなれないのだと、まどさんは言っている。
それは人がわずかばかり生きたこの世の生活から得てしまった感覚であり、
そのあらかじめ定められたちっぽけな枠から逃れられないのだと。
しかしその枠を得る前の視覚的な純粋さを持てる唯一の世界、
名前や言葉などから視覚が自由になれる、自分にとって最後の砦が抽象画だとも言っている。
詩人というのはどこまでも言葉に厳しい。
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Tag:Landscape Paysage 風景画

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