ゲゲゲのビビビ

 01, 2015 13:12
妖怪自動車
「妖怪自動車」(今井科学 当時200円)の箱絵

水木しげるさんは戦争で九死に一生を得てまんが家となり
今日までの93歳、よく生きてくださった。
高齢ではあったが先日もNHKで
水木さんに密着したドキュメント番組が放映されたばかりだったので、
まだまだお元気だなと思っていた矢先のことだった。
考えてみれば、陽の当たらない世界を描き続けたにもかかわらず、
私たちが子供の頃から現在に至るまで、ずっと陽が当たっておられたような気がする。
つまりいつも第一線にいたということだ。
1970年前後の少年マガジンを開いて驚くのは、その連載作品のラインナップだ。
巨人の星、あしたのジョー、タイガーマスク(すべて原作者が同じというのもすごい)、
そしてゲゲゲの鬼太郎だ(鬼太郎の連載は1969年まで)。
今もおもしろいまんがは多いのだろうけど、この連載がもし今あったとしたら、
やはり100万部くらい売れたのではないだろうかと思ってしまう。

芸術でも文学でもオカルティックなものを素材にしたものは多い。
それにペーソスが加わって、誰もがしみじみと共感できる水木ワールドは
大人から子供まで惹き寄せることのできた世界無比のものだった。
最近その短編集を読み返していて、
ストーリーの中にふと挟み込まれる古びた場末の風景の不思議な構図が気になって、
今日も私のバッグの中にはその一冊が入っていたのだった。
幕間ともとれる舞台道具のはずだけれど、それにしてはやけに濃密な一隅だ。
その影響は弟子、というかアシスタントだった
つげ義春氏や池上遼一氏の作品にも出ているのではないかと思う。
また、妖怪や幽霊というのは存在するのか、と問うより、
それは民俗学なのだと思ってあらためて漫画を読むと、
日本人というのは想像力豊かな、やさしい恐がりやなのだとつくづく思う。

水木さんは妖怪ものを描いてようやく貧乏から脱したが、
この時代の漫画家は奥さんの支えがあってこその人が多く、ドラマ化されたものも多い。
なかでも最大のヒットとなったのが「ゲゲゲの女房」だろう。
「ゲゲゲとレレレとラララ」という漫画家の奥さんどうしの対談があったが、
その夫の漫画家がすぐにわかるくらい、この時代の漫画家は愛された。
後年は自分自身や仲間の実体験から描き起こした戦記物が多く、
なんどもくり返し戦争体験を描き、話し、書いた。
軍隊生活で自分くらい殴られた兵隊はいないといつも語っておられたが
自らに降ったゲンコツの嵐をまんがの中では「ビビビ」と表現されていたのが
かえって哀れをさそった。
私の好きな作品は妖怪ものより、
市井の情けない人々をペーソスあふれるタッチで描いた短編や
まんがではないが、同じく筑摩から出ている「ラバウル戦記」なども好きだ。
(ただし、読んでいない作品のほうがはるかに多い)
敗戦直後に集められた収容所でクレパスで描かれた鮮やかなスケッチや、
戦後、驚異的な記憶力で描かれた戦時中の風景が忘れがたい。
歴史をすくう指の間からこぼれ落ちたような、
こういうアウトサイドのディテールにこそ、真実が見え隠れしているものだ。
もうこういう作家は出てこないだろう。

上の写真は、私が宝物にしているゲゲゲの鬼太郎のプラモデルの箱絵で、
1969年頃、水木作品で最初のアニメ放送がされた頃のものだ。
中身があれば今ではかなりのお宝になるはずだけれど、
残念ながらパッケージのふただけである。
子供にとってはこの画だけでもどれだけ想像力を膨らませたかしれない。
当時モノクロで放送されていた鬼太郎の「幽霊電車」は本当に怖かった(はず)。
スポンサーサイト

COMMENT 0

WHAT'S NEW?