平川門

 08, 2016 14:15
平川門>(オイルパステル)

久しぶりに美術展に出かけた。
竹橋の近代美術館で開催中の恩地孝四郞展。
ほとんどが抽象版画とブックデザインという、
あまり一般受けしない分野なのにけっこう入場者が多い。
きっと日曜美術館で取り上げられたからだろう。
自作、他作の詩や音楽を視覚化した作品はグラフィカルで、
多くは抽象というよりデザイン化されたものになっている。
詩人に限らないかもしれないが、
昔も今も「女体」というテーマと苦悩は不変のようだ。

ここに来ると、時間に余裕があるときには必ず収蔵展を見ていく。
めまいがしそうな日本の近代美術の傑作揃い。
収蔵作家の多くは夭折している。
長谷川利行と岸田劉生、萬 鉄五郎、
みなどんなにか長く生きたかっただろうし、生きるつもりでもあったろう。
大学卒業制作がのちに重文となっただけではなく、
日本美術史上のエポック的かつ、
最重要作品となっている萬にはいつも驚く。

収蔵品はたしか、ソニー創業者盛田昭夫氏の奥さんが寄贈されたものが
とても重要なコレクションになっていて、
美術館の建物はブリヂストン創業者の石橋正二郎氏個人が建てて寄贈している。
上野の西洋美術館などよく知られているように、
松方コレクションという個人コレクションの収蔵庫を国が作ったもので、
国立の美術館といえども民間、それも個人の尽力が大きな支えになっている。

ここもそうだけれど、「日本初」という冠がついた美術館が多い。
ここでちょっとまとめてみると
日本初の美術館・・・・・倉敷大原美術館(民間)(1930年)
同、公立近代美術館・・・神奈川県立近代美術館(1951年)
同、国立美術館・・・東京国立近代美術館(1952年)
以上はすべて近代美術館で、それ以前のものを収蔵するのは博物館になり、
日本初の博物館は奈良国立博物館(1895年)だということ。
野見山暁治さんはまだ学生の頃、洋画を志していた多くの絵描きが、
西洋人の描く本物の油絵をまだ誰も見たことがないという
当時の日本の現状があったと書かれていた。
萬鉄五郎も、西洋のフォーブ作品をモノクロでしか見ていなかったのだろう。
あらためて書き出すことで少し勉強になった。
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Tag:Landscape Paysage 風景画

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